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【 ≪異邦の騎士≫のネタバレを含みます 】
【 ≪セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴≫と併せてお読み下さい 】

【 行間に隠しページがあります 】

‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖


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EXTRA STAGE 004-1 / TYPE-S

SEXUAL BIRTHDAY 1009
セクシャル バースディ イチゼロゼロキュウ







  いつの間にか互いの誕生日を祝うのに利用することとなった英国酒場にて。軽くシャン

 パンなんかで乾杯をしていると、次第に彼の様子が怪しくなってきた。

  妙に愚痴っぽいなぁと思いつつ適当に相槌を打っている僕に向かい「あの人は良かった」

 「あの人に逢いたい」などと同じような言葉ばかりを繰り返す。

  僕はすっかり困ってしまった。彼の逢いたい“あの人”は、もう既に、この世にいない。
 
 たち                                  しあわせ
  質が悪く絡んでくる風でもなさそうだと判断し静かに話を聞いていたら、心底幸福そう

 に思い出を語るので何となくこちらが切なくなった。彼女の死亡原因を理解しているのか

 いないのか。彼は、穏やかに語り続けている。

  昔は“あの子”だったのにいつから“あの人”になったんだろう――そんなことをぼん

 やりと考えながら僕は冷水のグラスを傾けていた。カランと涼しげな音を立て、鼻先の氷

 が揺れる。





    
**********





  感心にも“酒を呑んでいる”という現状ははっきり自覚をしていたようで、彼は何杯目

 かのグラスを空けると「酒はもういらない」のだと明言した。そして「熱いなぁ、風に当

 たりたい」と呟いたので、僕は支払いを済ませ店を出る。
   
 あか                     しらふ
  頬を朱く染め酒場の前で佇む姿は誰の目にも明らかに素面ではなかったが、彼は比較的

 大人しくアルコールに浸っていた。

 「まだどこかへ行く? それとももう帰る?」と訊くと即座に「帰る」との答えがあった
           
 いえ
 ので、僕は彼の手を取り家へと向かう。

  手など引かずとも一人で歩けるだろうか、別に酷く酔っているわけでもないしな、など

 と考えていると急に彼が僕の手を強く握り返してきたのでぎょっとした。

 「放さないからな」

  妙にはっきりとした口調でそんなことを言う。
   
 いえ                             りょうこ
 「話は家に帰ってからじっくり聞く。だから――とりあえず早く帰ろう、良子」

 「…――――」

  ぐいぐいと力強く腕を引かれ、とても単純に、びっくりした。彼は――過去に、戻って

 しまっている。
 
いしおかくん
 “石岡君”と……名を呼んで良いものだろうかと、暫し悩んだ。彼は非常に繊細な人だ、

 これもまあ一種の悪酔いには違いないが、当人が苦痛を感じているのでなければこのまま
 ほお 
 放っておいてやるのも優しさなのかも知れない。
                                 ・
  そんなことを考えながら彼の後ろを歩いていると、程なくして着いた駅で彼は財布を取
                         
 ほお 
 り出した。想像通りと言うべきか、元住吉までの料金を放り込み切符を二枚購入している。

 “ああ、彼女を酒場から連れ帰っていた時の再現をしているんだな”と思わず僕は苦笑し

 た。それにしても毎晩男と呑み歩く女と同棲したり時折散歩に出ては海に落ちたりする男

 と同居をしたり――…考えてみたら、何と不幸な人だろうと思う。

  そんな心情のまま彼の習慣に合わせて電車に乗ると、今度は先程まで閉じられていた唇
        
 なに
 が再びぶつぶつと何かを洩らし始めた。

 「ごめん、俺が……頼りないばっかりに……」

  口にする内容はほとんどがこうした謝罪の類なのだが、時折“良子”と呼ばれるのには
                       
しらふ
 閉口する。深夜であるとはいえ、やはり周囲には素面の人間も大勢乗車しているのだ。い

 や、僕自身は周囲の目など大して気になりはしないのだが……彼が好奇の視線に曝されて

 いる現況はどうにも居心地が悪く思える。

 「君を……幸せにしたいのに……」

  話が段々に深刻味を帯びてゆく気配を察し、僕は適当な駅で彼を降ろした。一体ここは

 どこなのだろう、降りたことのない駅だが……まあいいか、帰る方法が解らぬというわけ

 でもない。
                              
 すうじじょう
  途中下車したことなど疑ってもいない様子の彼は(そういえば『数字錠』事件のことを

 思い出す。彼はあの時も僕に騙され電車を降りた、)相変わらず僕の手を引いたまま暗い

 ホームを歩き続けた。一体どこへ向かって歩いているつもりなのだろう? 途中で道に迷

 うだろうなと思うと堪らず苦笑が込み上げる。

  先程電車の窓を洗っていた細雨は、今も天から降り続けていた。しかし彼は濡れること
                           
 
 など一向に構わぬ様子で、ずんずんと先へ進んでゆく。やや間を置いてから気付いたよう

 に自分の上着を僕の肩へと羽織らせてきたが、酔いが醒める気配は微塵も感じられなかっ

 た。寂しげな口調で彼は言う。

 「酒……今日も呑んでるんだろう?」

 「――…うん」

 「酔ってるのか?」

 「ううん……」

 「そうか……」

  彼は後ろも振り返らずそう言ったが、僕には哀しげに双眸を細め口元に苦笑を浮かべて

 いる様が手に取るように解った。酔っているのは君の方だろう、と言ってやりたい気分だ

 ったが、そうするのも何だと思い口を噤むことにする。彼の酔いは随分と中途半端なもの
        
 みたらいきよし         いしかわ
 だった。僕の姿が御手洗潔であっても僕の声が石川良子でなくても彼には関係がないよう

 だ。細雨が降る静かな夜道の中で手を繋ぎ歩きながら、彼は“彼女”に向かって言った。

 「浮気……したって言ったよな? この間……」

 「……うん……」

 「それって、俺が……下手だから……?」

 「…………」
     
 そら
  僕は軽く空を仰ぎ思わず深く嘆息する。――知らないよ、そんなこと。

 「俺とはもう、別れたいか……?」

 「……別れたくない、よ」

 「嫌いになった……?」

 「――…好き、だよ……」

 「じゃあ今夜、俺と一緒に寝てくれる?」

 「寝…――」

  思いがけない彼の誘いに足の動きが止まってしまった。一緒に寝る――一緒に寝る、だ

 って?
                
すうメートルさき
  彼はぐっと僕の腕を掴み直すと、数m先に見える小さなホテルを指で示した。

 「――あそこで……」

 「…――――」

  何だかとんでもないことになってきた、そう思っているうちに彼の力で建物の方向へと

 導かれてしまう。それにしても女性に“一緒に寝てくれる?”と訊いたり、かと思えば少

 し強引にホテルへ連れ込もうとしてみたり。……石岡君、君って人は……

  そんなことを考えていたら何となく彼を振り切ることが出来ず、僕達はとうとうホテル

 のフロントまで辿り着いてしまった。ラヴホテルならば男の二人連れという理由で断わら

 れる可能性もあると考えていたが、幸か不幸かここは普通のビジネスホテル、部屋が満室

 というわけでもない。

  彼はフロントからルームキーを受け取ると、僕を振り返りもせずエレヴェーターのボタ

 ンを押していた。随分としっかりした行動を取っているように見えるが――本当に、彼は

 酒に酔っているのだろうか?





    
**********





  特別気になるようなシチュエーションではなかった。彼とホテルに泊まったことは何度

 もあるし同じベッドで眠ったことがないとも言わない。

  言わないが……

  いつ正気に戻るんだ? 今僕は信じられないことにスティール製のデザインチェアーの

 上で濡れたシャツの釦を一つずつ外されている。僕の身体が女体に見えているはずもない

 のだが……彼の動きは、一向に止まる気配がない。

 “そろそろ止めるべきだろうか”とも考えたのだが、まずいことにここまでくるとこちら

 の好奇心も少しずつ高まりを見せてきた。だって僕の目の前にいるのは紛れもなく“あの”
   
かずみ                               そそ
 石岡和己その人なのだ。その彼が性行為の為に積極性を発揮している。興味を唆られぬわ

 けはない。

  上半身だけとはいえ服を脱がせる手際はなかなかのものだった。しかしこれは下心によ

 り修得した技ではないようで、単に服を着せ替えることに慣れているという感じだ。

  僕のシャツをサイドテーブルの上へ流すと、続いて自分のシャツをゆっくりと脱ぎ始め
                  
あらわ
 た。鎖骨、胸、腹部と白い肌が少しずつ顕になってゆく。僕は不思議なものを見るかのよ

 うな面持ちで彼の身体を眺めていた。

  いや実際、不思議だったのだ。止めたいのだが――このままでいいと本気で思っている

 わけではないのだが――唇が、身体が行為の中断を促せない。

  僕がぼんやりとチェアーに浅く掛けていると、彼は白いシャツをだらしなく引っ掛けた
                       
 ひら
 まま窺うようにこちらの顔を覗き込んできた。薄く開いた唇が、僕の眼前に現れる。

 「――…厭……?」

  どこか哀しそうにそう訊ねられ、僕はつい首を横に振ってしまった。

  柔らかな唇がそっと僕の唇を掠める。羽根のように、遠慮がちなキス。

  これが夫婦同然の女性に対し取る態度なのだろうか、と考え何だかおかしな気分になっ

 た。哀しいような、切ないような、寂しいような――要するに、泣きたいような感じだ。

  自然な動きでベッドへと誘われた時には、もうどうでもいいという気分に陥っていた。

 何と言うか、こうしたことは相手が親しい友人であればある程状況を回避しにくい。まぁ
                            
 くく
 いくら何でも行為の途中で酔いも醒めるだろうしな、とたかを括っていた部分も確かにあ

 った。正気に戻った時の彼の反応も見物だ、そんなことを考えてしまうとますます行為を

 止められなくなる。…ああ、僕って意外と軽い男だったんだなぁと少々呆れた。我ながら、

 自分がこんな人間だとは想像していなかった。

  僕の上半身を裸にした彼は、自分は白いシャツを肩に羽織ったままベッドへと上がって

 くる。何だか不公平だと思い

 「…どうして服、脱がないの……?」

  と訊ねると、

 「……白いから……」

  となかなか興味深い返事が返ってきた。――ああ、やっぱり気にしていたのか。当時の

 彼は自分の姿を鏡に映しはしなかったはずだが――まぁ肌の色ぐらいは見えるだろうし、

 どちらにしろ今は男と寝ようとしている程に混濁しているわけだしな。……うん。

  などと考えながら大人しくベッドに沈んでいると、とうとう彼が僕の身体の上に伸し掛

 かってきた。優しい手付きでゆっくりと髪を撫でながら、慈しむようなキスを与えてくれ

 る。

  柄にもないと自分でも思うが、何だか壊れ物を扱うかのような彼の手付きは“大切にさ

 れている”という気がして気分の悪いものではなかった。彼は優しい……本当に、繊細な

 男だと思う。なのにどうしてあんなことをしてしまったんだろう――神様って惨酷だな、
               
 
わず
 そう思うと不意に胸が苦しくなり僅かに顔が歪んだ。

  するとそんなこちらの様子に気付いた彼が、哀しそうに僕を見つめ首を傾げるようにし

 て言う。

 「――…ごめんね……」

 「…ううん……」

  何が“ううん”なのかは解らないが謝罪される筋合いはないと思いとりあえず否定して

 おいた。

  ――酔っ払いの奇行に付き合っているつもりだった。

  いい加減なところで行為を中断し揶揄ってやろうとさえ考えていた。

  なのに僕の口から出た科白は「もう一度キスして」だった。

  もしかしたら、僕もアルコールに酔っていたのかも知れない。





    
**********




 
  
さら              えが
  真っ新なシーツの上に幾数もの模様を描き、僕は彼の眼前に完全な裸体を曝け出してい

 た。彼は下着を脱いでさえ何故かシャツだけは身に着けたままだったが、こちらから剥が

 すのもどうかと思いそのままにさせておく。

  まずは上半身。こちらを唇と指とで丁寧に愛撫された。胸の辺りをすぅと撫でられ脇腹

 に熱い吐息がかかった時――つまり本格的に性交が始まる気配を察した時――流石にちょ

 っと待てよ、本気なのかと頭を激しく混乱させたが、絶妙な力加減で下身を握られた瞬間、

 もうどうでもいいやと奇妙な感覚に身を委ねる。

  本当に、奇妙な感覚だった。酔っ払いとは不思議なものだ、彼は演技でも何でもなく僕

 のことを自分の妻なのだと信じている、そのこと自体には間違いない。

  なのに彼の掌は、指はきっちりと僕の男性器を握り込み快感を与えようとしているのだ

 った。彼の目には何がどう映っているのだろう。――それにしても。
   
しらちゃいろ
  僕は白茶色の広い天井を眺めながらぼんやりと考えていた。確かにこちらを激しく燃え

 させるような情熱も深く溺れさせるような磁力も彼からは感じられない。そうした魅力と

 言うか、魔性のようなものは特には感じられないのだが――…何と言うか。

 (…………巧いじゃないか……)

  実は結構、はまっていた。はっきり言って気持ちがいいのだ。力で押さえ込まれている

 わけではないので逃げたければ簡単に振り払うことも出来るのだが、何故かそうする気に

 はなれなかった。いや、“いつでも厭になったらやめられる”のだという安心感が、逆に

 こちらの精神と身体をベッドに縛り付けているのかも知れない。次第に“もう少し”“も

 う少し”が“もっと”“もっと”になってくる。ここまで優しく扱われれば、なかなか抵

 抗する気にもなれはしないだろう。“安心感”が“嬉しい”になり“気持ちいい”と思っ

 てしまったら、もう完全にこちらの負けだ。事を終えるまでは彼の手から逃れられない。

 しかし……

 (…何だ、石岡君。君……)
                
うしな
  ……出来るんじゃないか。彼女を喪ってから身体に不都合があるようなことを言ってい
                     
 そそ 
 たが――今、僕の腰に当たっているものは硬く聳り勃っている。まさか相手が僕だからと

 いうわけでもあるまい。……何だ、結構立派だったんだ、へぇ。…って言うか。

  大丈夫なのかい君? これ、僕が相手だから良かったものの、もしその辺で知り合った

 女性だったら今頃大変なコトになってたぜ? しかも良子良子って……僕でもあまり気分

 が良くはないのに。事情を知らない女性にしてみたら間違いなく君は往復ビンタの対象だ。

 ……あまり呑ませていいタイプの人間じゃないな。

  だが僕の余裕もここまでだった。彼が最終行為に至ろうと僕の下身に舌を這わせている。

 入口を捜す。

  一度「…んー……?」と困ったように小首を傾げた。僕の足元に坐り込んだまま眉根を

 寄せこめかみを押さえている。

  どうするつもりなのだろう、と思っていたら彼はゆるゆると身体を折り思い出したよう

 に唇を重ねてきた。どこに挿れていいのか解らないものだから時間を稼ごうとしてるな?

 …いや、出来ればこのまま終わってくれた方が僕としては有り難いんだが……

  しかし穏やかなキスに応えながら“早く終わらせよう”と硬い性器を扱いていると、突

 然顔を上げ彼が上体を起こした。同時に、ふっとその表情が和む。

  彼は僕の両脚をくっと拡くと、思い当たったその箇所へ濡らした指先を挿し込んだ。…

 あぁ、やっぱり気付いたか……って言うか掻き回すな、痛い。
               
はい  やす
  だが彼は真剣だった。自分を挿入り易くする為というよりは相手の負担を軽くする為と

 いう動きで慎重に筋肉をほぐしている。

  ――もういいよ、やれよ……

  覚悟を決めて脚の拡きを大きくした瞬間、身体の奥に奇妙な感覚が走った。…違う……
                   
 なに
 違う、触って欲しいところは多分そこだが何かが微妙にずれている……いや、ずれている

 んじゃない――“足りない”のだ、彼の指の長さではどうやっても“そこ”まで届かない。

  そう思った瞬間だった。
        
 
 「――…ぃ、……痛ッ……!」
                          
  
  下身の引き裂かれるような痛みと共に、彼が僕の中へと押し入ってきた。思わず左手で

 ベッドの淵を握り締める。痛い痛い痛い――…

  呼吸することも忘れて無言で苦痛に耐えていると、彼が小さく呟いた。
     
 
 「…息……吐いて……」

  解ってるよ。でも…――
   
 
 「……吐けない……」

  そんな余裕などあるものか――抗議しようと唇を開いた瞬間、ふっと身体の力が抜けた。

 ああ、呼吸ってこうやってするんだったっけ……少し、緊張が緩んだような気がする。
                         
はい          はい
  当然だが二人が繋がっている部分はまだ痛かった。挿入るはずのないものが挿入ってい

 る場所はジンジンと痺れているし、体内には奇妙な異物感がある。これは一体どうしたも

 のかと考えていると――突然彼が、動いた。

 「――…う、ぁっ…!」

 「……痛い……?」

 「痛――…い、痛い、けど……」

  何だこれは――? 今の状況は確かに愉快ではないし持続していたいとも思わないが、

 だからと言ってここでやめられたら暴れ出したくなる程苛々しそうだ。

  と言うか――体内に触って欲しい場所がある。少し例えが違う気がするが、言ってみれ

 ば“痒いところに手が届かない”あのもどかしさに似ている。僕はベッドの両脇を手で支

 え持ちながら悲鳴を咬み殺し身体の位置をずらした。

  ああ、もう少し――

 「――…そこ、突いて!」

 「…あぁ、ここ……っ?」

  彼が僕の両脚を支え直し深く強く打ち付けると、何と形容して良いのか解らぬ痺れが甘
            
めまい
 く体内を充たす。一瞬の眩暈。ああ、人はこれを快感と呼ぶのだろう、と身体の反応とし

 て理解した。“欲しい”とか“腰が砕ける”とか“疼く”とか、そうした言葉が“これ”

 に当て嵌まるのかどうかは解らない。ただ――“もう一度なってみたい”――それだけは

 解る。
            
あいだ
  そんなことを考えている間にも彼は真剣な様子で僕の下身を貫いていた。突き上げられ
          
こえ
 る激しい波に必死で嬌声を咬み殺す。

  無言でいることが気に懸かるのか、彼は動きながら心配そうに訊いてきた。
  
 
 「…悦く、ないの……?」

 「…違、…う…っ」

  我慢――してるんだよ。

  ベッドを支えていた両手のうちの片方を外し、僕はその甲で瞼の上を覆った。

  怖い、気持ちいい、痛い、怠い、でも――…優しい……

  このまま眠ってしまえたら、幸せなんだろうな。

 「…ぁ、はあっ……――」

 「――く、…っ……!」
                               
  
  彼の洩らした吐息と共に、僕は絶頂を迎えた。体内からすっと彼が出て行く。同時に達

 したようだった。

  脱力している僕の脇に片腕を突いた彼は、頬と額の汗を拭うかのように柔らかなキスを

 落としてくれる。

  大変なことをしてしまったという思いは確かに否めないが、“穢された”などという感

 想は全く抱きようがなかった。

  成程、君ってこんな人だったんだね石岡君――君の恋人は、幸せ者だ。





    
**********




                               
 のち
  朝まで一緒にいて酔いが醒めた彼を責めてやろうかとも考えたが、後の共同生活の変化

 に例えようのない煩わしさを感じ、結局先にホテルを出た。

 “御手洗潔”が一緒にいたという形跡は全て隠し、不自然に思ったので敢えて部屋代もそ

 のままにしておく。
                        
 しか
  少し肉を裂かれた為に動きにくくなった下身に顔を顰めつつも、何故か心の中ではくす

 くす笑いが止まらなかった。

  情事の名残が強く薫るベッドの中で一人目醒めた彼の様子はどう考えても見物だ。…こ

 の目で確かめられないのが、残念なくらいにね。





    
**********





  そんな想像に思いを馳せつつ一足先に馬車道のマンションへと戻った僕は、出来得る限

 りの平静を装いながら久し振りに自分で淹れたホットミルクを呑む。

  果たして午前十時頃にふらふらとした足取りで帰宅した彼は「どこに泊まってきたんだ

 い?」という僕の厭味な質問に蒼褪め無言で自室へと籠もってしまったのだった。

  ……ま、違う女性の名を呼びながら僕に手を出したことは紛れもない事実なんだから。

 二〜三日ぐらいはたっぷりと悩んでみればいいんだ。

  当分刺激物は――呑めそうもないしね。

  僕は彼の部屋の方を振り返り、心の中で舌を出して笑った。

  ――ザマアミロ。





    
**********





  ……
――うるさいな石岡君、帰る電車の中で、君はずっとそんな話をするつもりか?

    
――するぞ

    
――よし、じゃここでお別れしよう。僕はこれから少し片付けたい仕事がある。…

      …




 「それから電車でぶつくさ独り言を言ったりしないように」

 「言う訳ないだろう!」

 「自分では気付いていないだけだ。君は酔っ払うと、いつだって電車でぶつぶつ独り言を

 言っているんだぞ」
            
 かつ
 「え。本当なのか? ……担いでるんだろう?」

 「本当さ。ではさようなら」

 「ちょっと待て、今こんな時間から、君はどこへ行って何をするんだ?」

 「君みたいなしつこい人間に説明してたら、朝になっちまうよ」

 「靴下はどうするんだ? あの子の枕元の。僕は心配なんだ」

 「明日になれば解るさ、では明朝会おう。おやすみ石岡君」



  僕は水道橋駅の方向を目指しながらやれやれと盛大な溜め息を洩らし、あの十月の夜の

 ことを、思い出していた。
      
なーんに
 「全くもう、何も解っちゃいないんだからな、石岡君は」

  自分の酒癖も、二人の間にあったことも、この――…僕の気持ちも。

 「困った人だよねぇ、本当に……」

  ――僕って奴は。好きな人と一緒に遊園地でデートして、聖なる夜を共に過ごして、そ
       
 なに
 れでもまだ――何かを望もうとしているんだから、さ。

 「――捜すよ石岡君、君が心配しているあの子の為に。君の為に――あの“セント・ニコ

 ラスのダイヤモンドの靴”を」

  僕はぽつりと冷たい空に向かって呟いた。
  
あす
 「明日になれば全てが解るよ。君に少しだけ嘘を吐いてしまったことがあるけれど。…そ

 れもちゃんと謝るから、だから……」
              
あした
  ――おやすみ石岡君、また明日会おうね。

  辛い記憶を多く抱えた君の心に一つでも優しい奇跡が増やせることを、祈って……











いくら酔っ払ったからってこんなんにはならんだろう(多分:笑)。
ってことで“石×御”。
石岡君……すげー誕生日プレゼント貰ったなァ(笑)。




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