その頃の石岡君
そのころのいしおかくん





                      ただやみ
  十月十日、午前十時。僕は心身共に真っ暗な徒闇の中にいた。
                     
きのう みたらい
  一体何がどうなってしまったというのか、昨日御手洗と酒を呑んで――…それ以降の、

 記憶がない。

  彼がこのマンションにいるということは何を示しているのだろう。

  彼が僕を置いて先に帰ったのか? 僕の方がどこかへ消えたのか? それとも双方合意

 の上で別れたのか?

  どうして僕は……ホテルの中にいたんだ?

  解らない――誰かと、寝たらしいということ以外は。

  部屋の状態も身体の状態も全てが合致している、それは間違いがないと思う。思うのだ

 が――

  その女性は一体どこから現れどこに消えたんだ? 僕が誘ったのか? それとも誘われ

 たのか? いや、それはないか――ならば電話で呼んだとか。…まさか、そんな方法を知

 ってはいない。

  あぁもう信じられない! そんなになるまで呑んだことも、そんなことをしでかしてお

 きながら何もかも忘れてしまっている自分も。

  誰かを抱いたのだという感覚だけは妙に生々しくこの腕に残っている。どうせ憶えてい

 ないのならいっそ事実ごと全て忘れてしまっていれば良かったのに!
              
 うな
  我が身の恐ろしさに頭を抱え唸っていると、扉一枚隔てたリビングから突然楽しげな御

 手洗の笑い声が聞こえてきた。
                                 
 いえ
  何を呑気に笑ってるんだ、人の気も知らないで。大体――酔ってる僕を家まで連れ帰ら

 なかった御手洗が悪いんじゃないか! ムカつく奴!

  自分勝手な責任転嫁をしながら僕は部屋を出て彼を睨んだ。大して欲しくもなかったが

 彼の手にあるマグカップを奪い取り中身を呷る。――…あれ、ホットミルクなんて珍しい

 なと彼の顔を覗き込んで、何だか奇妙な感じがした。どこかで見たことがある顔だな、と

 思ったのだ。

  だがよく考えたら(よく考えなくても)彼を見たことがあるのは当たり前だ。

 “僕はどこかがおかしくなっているらしい”、自覚をすると大人しくベッドで休むことに

 する。

  そうか……酔っていれば出来るのか……って言うか、途中で果てたり眠ったりしたんじ

 ゃないだろうな?

  …せめて相手の女性に失礼なことをしていなければ良いのだが。








BACK