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悲劇

‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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友情系 015-1 / TYPE-S


はな






  散歩の途中のことだった。

  少しだけ遠回りをしようと通り掛かった川べりに、とても静かに咲いている一輪の花を

 見つけた。

  今まで一度も見たことのない花――特別草花になど興味はないが、何故か強く惹かれる。

  花から目を離すことを諦めた僕は、草の上にしゃがみ込みその愛らしい姿を飽きもせず

 眺めていた。

  何だかとても、幸せな一日だった。



  その翌日。

  僕はその花を観る為にまた散歩のコースを変えた。小さな花は相変わらずそこに咲き、
             
かぜ
 気持ち良さそうに柔らかな微風に吹かれている。
                           
 はな はじ
  僕はまたその傍に身を屈め、花を相手に自分のことなどを話し始めた。通り掛かる人々

 がぎょっとして僕を振り返っていたけれど、そんなことは気にしない。
                   
 はな つづ
  僕は最高に気分を良くして色々なことを話し続けた。

  陽が暮れるまでその花は、僕の話を懸命に聞いてくれているようだった。



  そしてその日のまた翌日。

  僕は散歩コースを完全に変えてしまった。
              
 
  朝一番にその花の咲く場所へ行き、夕刻までそこを動かぬことにしたのだ。

  花は今日も僕の話に耳を傾けてくれていた。

 「じゃあそろそろ帰るよ」――そう言って立ち上がると、花が少しだけ項垂れたような気

 がした。



  だがその翌日。
         
 
  僕はその花の元へ行き心臓が壊れそうな程の衝撃を受けた。
     
かべん   
 よご
  美しい花弁の一部が汚れ、茎に小さな亀裂が走っていたのだ。…恐らく誰かに踏まれで

 もしたのだろう、それはそれはとても密やかに咲いている、とても可憐な花だから。

  僕はその時、自分の心が酷く傷付くのを感じた。

  花の痛々しい姿に呼吸さえ苦しくなる程の哀しみを、花を守りきれなかった自分にふつ

 ふつと燃え滾るような激しい怒りを感じた。
                     
 いえ
 「ねぇ君、僕と友達になろうよ。今日から僕の家で、一緒に暮らそう……?」

  優しく囁くと僕は慌ててバケツとスコップとを買いに走り、花を根元から丁寧に掘り起

 こす。

  傷付いた心を隠し僕の棲み家へ連れてゆくと、花は雑然とした部屋の様子に少しだけ驚

 いたようだった。



  僕は音楽家だ。ボロボロの雑居ビルの一室を住居とし、そこでギターの講師として生活

 をしている。

  生徒は滅多に来なかったがそれなりに快適な暮らしを、何物にも縛られない自由を持っ

 ていた。尤も――大きな不幸を知らぬと同時、僕は胸が騒ぐ程の幸福感をも味わった記憶

 はなかったけれど。

  しかし花と暮らすようになり僕の生活は一変した。食事を摂る時間も、音楽を聴く時間

 も、眠りに就くその間際まで僕は独りではなくなったのだ。
  
いちじ
  一時は枯れてしまうのではないかと心配したが、本から得た知識を駆使して懸命に世話

 をすると花はすぐに元気を取り戻した。

  花に「こんなに汚くて陽の当たらないところで生活をするのは厭だな」と思われないよ

 うに少しだけ気合いを入れて掃除する。

  ――少しだけ、僕の暮らしが清潔になった気がした。



  僕は花と暮らし始めた。

  花は少し目を離すとすぐに傾いたり項垂れたりして僕の関心を試そうとする。
                                       
かべん
  でも暖かな光を浴びせてやると、たっぷり水を呑ませてやると驚く程に白く繊細な花弁

 を耀かせ、その哀願するような姿で僕を堪らない気分にさせた。

  時々僕がダラダラしているとまるで怒ったようにプイとその顔を逸らしてしまったりも

 したけれど――



  僕はその花が好きだった。

  本当に本当に、大好きだった。



  けれどやはり別れの時はやって来た。
      
 いえ
  僕が急用で家を二晩空けた日の翌日、帰ってみると花の茎が根元から折れかかっていた

 のだ。

  電話で呼び出された時は半日程度で帰れると思っていたから、ろくに話もせず水も与え
 
 いえ
 ず家を飛び出してしまった。

  花はもう今にも枯れそう、今更水をやったところでどうなるものでもない程に萎れてい

 る。あぁ、全ては僕が悪いのだ。ごめんね、ごめんね、ごめんね――…


                            
いのち
  その日の夜、花は僕に微笑みかけるかのように静かに短い生命を終えた。

  僕の心の中に、生涯消えることのない多くの思い出を残して――





















  ・* Dear… *・・・・・・・・・・



  ――変な奴。

  初めて君に出逢った時、僕はそう思った。
      
 はな
  僕に色々と話しかけてくるせいで通り掛かる人達に気違い扱いされて。僕も全く同感だ

 と思ってた。「何だか怖い人が来たけど僕には逃げることすら叶わない、あぁどうしよう

 どうしよう」って。

  でも君が僕に触れようとする度にワンワンと吠えてくるおかしなマルチーズが僕に悪戯

 しようとしてた時、君はさり気なく僕のことを庇ってくれたよね。そして僕はその犬達と
     
たわむ
 楽しそうに戯れていた時の表情を見て――…君のことを、何となく気に入ってしまったん
                      
かべん はないろ
 だ。「友達になろう」と言われた時は、照れて花弁が紅色に変わってたぐらいなんだよ。

 …君は気付かなかったみたいだけどね。

  部屋はいつも散らかってたし、呑ませてくれる水は何故かとんでもなくまずかった。で

 も――悪くなかったよ、ここでの生活。…うん、悪くなかった。

  結局ちょっとした失敗でこんなことになっちゃったけど、こんな別れ方も君と僕らしく

 ていいんじゃないかと心の底から納得してる。…怒ってなんかいないよ? だって君が僕
                                  
いのち
 を大切にしてくれていたのは知ってるし、元はと言えば君が救ってくれた生命なんだから。

 植物の寿命なんて、そう長くはないものだし。

  本当は直接君に言いたいことも沢山あったんだけど、僕は花だから。…伝えられなかっ

 た。いっぱい迷惑もかけられたけどいっぱい感謝もしてるんだよって。言えなかったけど

 ……でも言葉なんかなくても、君にはきっと伝わっているよね。

  君が帰ってきた時、僕は鮮やかな笑顔で迎えることは出来ないと思う。でもあんまり哀

 しまないで欲しいな。僕は、とっても幸せだったんだから。

  僕がいなくなっても食事だけはきちんと摂ってくれよ。あと、部屋の掃除も。――約束

 だからね。

  今まで本当にありがとう。

  君に逢えて……良かった。












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