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【 ≪異邦の騎士≫のネタバレを含みます 】
【 ≪さらば遠い輝き≫と併せてお読み下さい 】

‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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友情系 020-1 / TYPE-S

十九年目の真実
じゅうきゅうねんめのしんじつ






  それは、とあるきっかけで画面上に現れたウェブ・サイト内のパスティーシュ・ノヴェ

 ル。

  いつもならば“そんな暇はない”とさっさと移動してしまうところなのだが、その物語

 は冒頭の一部分にどこかしら強く惹かれる部分があり、結局そのまま、全文を目で追う羽

 目となってしまった。

  丁度あの男のことで頭を悩ませていた時期だったから。

  二人の関係を考え直した方がいいのではないかと思い詰めていた時期だったから。

 “僕の偽物が語るそのモノローグのみの創作”の中に“真実へ辿り着くヒント”を期待し

 てしまったのかも知れない。

  しかし――

  読み進めていくうち、僕は“我ながら莫迦なことをしたものだ”と自分の気紛れを後悔

 した。これ程真剣に、突き詰めて他人の心情を研究している人間がいるなどとは想像もし

 ていなかったのだ。

  僕の悩みを揶揄うでもなく嘲笑うでもなく綴り続けるその文章を見た刹那、“もう沢山

 だ”と思いつつも目が離せなくなっている自分に気が付いた。

  作中の僕が悩んでいる内容は現実の僕が悩んでいる内容とほぼ同質のものであったから。

 きっとこんなことは珍しいのであろう、その作品は本当に僕の心情を巧く表現していたか

 ら。僕は――そこから目が離せなくなってしまったのだ。
                       
 こな
  これだけ文章の巧い書き手ならば今までにも数は熟しているはずだと考えられる、なら

 ば中途半端なまま筆を置くことも恐らく可能性としては少ないだろう。

  作中の僕が思考にどう決着を付けるのかが見たかったのだ。否――“どう決着を付ける

 べきなのかを教えて欲しかった”のかも知れない。勿論結末が僕の望む未来でなければそ

 の選択をしないことで僕はより良い現実を手に入れられる、そう思ったからだ。

  ところが――

  何ということだろう、結末は二つあった。物語の途中に現れる二つのボタン、それをク

 リックすることによって僕と彼の未来が大きく変わってしまうのだという仕組みになって

 いたのである。

  何という逃げだろうと初めは怒りが込み上げたが、分岐以前の考察の真摯さを思うと筆

 者がこの方法を取らざるを得なかったことも理解は出来る気がした。

  この筆者は真剣に僕という人間の心情を思ったのだ。そして一時的にとはいえ僕と同じ

 悩みを共有した、だからこそ――安易にどちらかの結末を選ぶ、または創作するというこ

 とが出来なくなってしまったのだろう。ましてや、筆者はオリジナルではないのだ。

  僕自身にも解らぬ答えを他人が知っているはずもない、そういう意味でもこのパスティ

 ーシュ・ノヴェルは僕の目から見て“ほぼ完璧にオリジナルに近い傑作”だった。

  パソコンから視線を外し、半ば絶望したような心持ちでゆっくりと瞼を閉じる。僕はつ
  
さっき
 い先刻までこの悩みに何らかの答えが得られるものと楽観的気分に浸っていたが、結局は、

 苦悩を深くしただけだった。

  考えることを他人に任せようなどと柄にもないことを期待した、これが下された罰なの

 かも知れない。
 
いしかわけいすけ   いしおかかずみ
 “石川敬介”と“石岡和己”――あの二人が僕の心の中でどう位置付けられているのか。

 “依存している”のは一体どちらなのか。

 “守ること”と“縛ること”の境界線は一体どこにあるのか。
                            
 もた
 “自分が最良と信じる生き方”は果たして他人にも同様の益を齎らすものなのかどうか。



  離れてみて気付いたことがあった。

  僕は彼がいなくても当たり前のように生きていけるのだということ。そして、彼も僕が

 いなくても生きていけるのだということに。

  何故一緒にいなければならないなどと思い込んでいたのだろう。元々二人で始めた人生

 ではなかったのだ。今考えるととてもおかしなことで悩んでいたものだと苦笑する。もっ

 とお互いの自由を選ぶべきだった。

  しかし一九九七年の十月、僕は突然とても不愉快なことに気付かされた。“真の愛情と

 は即ち哀しみである”のだと、北欧の地で知り合った年配の友人に教えられた時だ。

  僕はやはり執着している。あの男に。

 “過去を失った青年”にか“愛を失った青年”にか、それはよく解らない。だが自らの四
        
かえり
 十年余りの人生を顧みて、僕にあの感情を与えた人間は間違いなくただ一人だけだ。僕は

 彼と出逢ってからの十九年、どんな形にかは解らないが彼に囚われて生きてきたのだ。

  それはハインリッヒが言う通りの“愛情”ではないかも知れない。

  それは“哀しみ”ですらなかったのかも知れない。

  しかしその告白をした直後、僕は後悔すると同時に心のどこかがすうっと楽になったよ

 うな気もした。目の前にいるハインリッヒを“親友”だと思った。そしてその瞬間――僕

 には“親友がいなかった”のだということに気付かされてしまったのだ。

  あんなに傍にいて。あんなに長い間生活を共にして――それなのに。

  僕はいつも肝心なことだけを彼に打ち明けられなかった。

  幼少の頃のこと。

  家族のこと。

  自分自身のこと。

  ――何もかも。

  僕は多分、心のどこかで彼のことを信用してはいなかったのだ。

  僕と彼は誰よりも親しく見え、その実いつもどこかに他人行儀な壁を感じて暮らしてい

 た。そう――

  ハインリッヒという親友を得た今なら解る、あの男は今まで出逢ってきた友人達とは異
             
 けっ
 なる要因を持っていただけで決して僕の親友だというわけではなかったのだ。

  一瞬、思考が完全にストップした。

  心音ばかりが大きく響き、このまま呼吸が止まってしまうのではないかと思った。

  互いの素性もよくは知らず。

  互いにそれを伝える努力もせず。

  互いに本当の苦しみを、哀しみを相談することも出来ず。

  互いを理解しようとすることすら――諦めて。

  こんな友情ってあるだろうか?

  少なくとも、これは世間で信じられている友情の形などでは絶対に有り得ない。
                              
 はな  
  僕は思った。ハインリッヒになら――あの酷い青年時代の経験も話して聞かせたいと思
        
 はな
 う、肉親について話してもいいとさえ思ってる。

  ハインリッヒこそが僕の親友だ。人生半ばにしてようやく得ることの出来た、最も信頼

 の出来る友人。

  ならば――



  ならば何故傍にいた?
          
とき
  尋常ではない長い時間を何故共に過ごそうと思った?

  あの男は何者だ?
      ・・
  ああ――あの混沌が再び僕の頭の中へと甦ってしまったのだ。

  解らない、解らない、解らない。

  僕は彼の笑顔が好きだった。

  僕は彼の幸福を願ってた。

  僕は彼の人生に関わっていたかった。

  解らない、解らない、解らない――

  ……本当に?

  否、本当は出逢ったあの瞬間から僕にはこうなることが解っていたのではなかったか?

  そう、





 “僕は、”

 “彼のことを”――……











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