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【 ≪パロサイ・ホテル≫のネタバレを含みます 】
【 ≪パロサイ・ホテル≫と併せてお読み下さい 】


‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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友情系 007-1 / TYPE-S

telephone call
テレフォン コール






    数ヵ月振りに聴く彼の声 彼との電話





 「――はい、もしもし」

 「ああ、すぐに出てくれて良かった、急いでるんだよ。僕の本棚の一番上の左から、多分

 ……三番目か四番目の辺りに、紺色の背表紙に金色の文字で英語のタイトルの書かれてい

 る本があるんだ。そいつを今から言うところまで送っておいて欲しいんだが――…」
              
みたらい
 「ちょっ…ちょっと待てよ、御手洗か!?」

 「そうだよ、君。もしかして寝惚けているのかい?」

 「違うけど――…!」



  ――違うけど……



 「…何なんだよ突然、いきなり本題に入られても理解出来ない。ええと、本棚の一番上の
                    
 なん
 左から三〜四番目にある紺色の背表紙の……何だって?」
 
 きん   きん
 「金だよ、金の箔押で英語のタイトル」

 「見たら解るんだろうな、それは。――で? 住所は?」



  ――数ヵ月振りに聴く彼の声、彼からの電話。だけど内容はといえば相変わらず……

    “こんな”だ。

    まさか本当に僕のこと、書斎の管理人だとでも思い始めてるんじゃないだろうな…

    …



            
あす
 「――OK、書いたよ。明日の朝一番で送ってくる。今回はこれだけでいいのかい?」

 「ああ、それだけだ。さて、と……今日は珍しく時間があるんだけどな。そうだ――そっ

 ちの様子はどうだい? 近況なんかを聞いておこうか」

 「はあ? …何だよ、急いでるんじゃなかったのか?」
                                
 
 「急いでいるのは本の発送だよ。僕の方はほら、この通り! 今、手が空いた」

 「この通り、って言われたって電話なんだからそっちの状況まで解らないよ。勝手な奴だ

 なぁ」

 「おや、今頃気が付いたのかい?」



  ――数ヵ月振りに聴く彼の声、彼への電話。本当はそんな本いつ送ったって構わないん

    だけどね。でも理由のない電話、っていうのもなかなかかけられないもんだしさ…

    …



                     ・・・・・・・
 「…で、作品の進み具合は順調なのかな? マイオラノス君」

 「は? 誰だって? ――御手洗君、君また僕を誰かと間違えているだろう」

 「あれ? じゃあ君は誰?」



  ――『君は誰?』だって? 自分からかけてきておいて!

    …全く、酷いんだからな、御手洗は。たまに電話をくれたと思ったら、数回に一度

    は僕の名前を間違える




 「あのねぇ御手洗君、お忘れかも知れないけど、僕は――」
        
 いしおかくん
 「嘘嘘、冗談だよ石岡君。“僕の本棚の本”って言っただろう?」

 「信用出来ない。君、今僕のことを思い出して慌てて取り繕っただろ。“僕の本棚”違い

 じゃないか? 念の為に言っておくけど、ここは横浜の馬車道だよ」


                          
 いえ
  ――知ってるよ。間違えたりなんかするもんか、自分の家なんだぞ。大体僕は日本語で
     
 はな
    君に話しかけてるんだぜ。有り得ないことじゃないが状況的に不自然だろう。その

    ぐらいすぐに気付いてくれよ



                            
かずみ     なに
 「それで? 横浜馬車道にいるノンフィクション作家の石岡和己先生。最近何か面白いこ

 とでもあったかい?」

 「うーん…? 特には何もなかったけど…――あ、そうだ。そういえば少し前にちょっと

 した事件があった。飛島でね――」

 「飛島? 何でまたそんなところまで行ったんだい?」

 「それは……」


                           
さとみ
  ――ああ……この事件は話すと長くなりそうだな。第一里美ちゃんと旅行へ行っただな

    んて言うとまた何を想像されるか解らないし……



 
 かねみつ
 「金光さんっていうホテルのオーナーに招待されて、ちょっと……ね。何だかそこで困っ

 たことが起こっているとかで、本当は君に解決して欲しかったんだろうけど、まあ……君
                         
 
 は日本に、いなかったし。――…それで、代わりに僕が行くことになったんだよね」

 「へえ!」



  ――誰と? …ああ、きっとまたあの子だな。

    全くもう……大丈夫なのか? 石岡君。相変わらず女性というものに弱いんだから

    ……



            
 
はな
 「でもまあ、今ここで僕と話していられるということは、君は無事だったわけだよね?」

 「うん……」



  ――…あれ、何だか珍しい科白だな。一応心配してくれてるのか? まさか厭味、って

    わけでもないだろうし……




 「犠牲者って言うか……死亡者もいたにはいたけど、もう随分前に亡くなっていた人を発

 見した、っていうパターンの事件だったからね」

 「ふ、ん……」



  ――“事件だった?” と、いうことは、謎はとりあえず解明したわけか



 「それでその事件は一体誰が解決したんだい?」

 「――君だよ」

 「――えっ?」



  ――…何を言い出すんだ、突然。彼の方こそ、僕を誰かと混同してるんじゃないだろう

    な?




 「石岡君――それは飛島で起こった事件なんだろう? 僕はその話を今初めて聞いたんだ

 ぜ。君……頭は大丈夫なんだろうね?」
               
みんな
 「あはは……その科白、その時も皆に言われたよ」



  ――でもあの事件は本当に――今でも、君が解決してくれたようなものだと僕は信じて
                              
 なん
    るんだ。あの時君が正解を囁いてくれていなければ、きっと何の行動も起こせはし

    なかっただろう。

    でも、いないはずの君の声が聞こえただなんて……ね。確かに、僕も少し頭がおか

    しくなっているのかも知れない。だけど……やっぱり……




 「ありがとう、御手洗君」



  ――…何だって?



 「何だい、急に。気味が悪いな」



  ――…だろうね



 「別に。気にしなくてもいいよ。ちょっと言っておきたかっただけだから」


              
  こんじょう
  ――理由もないのに? まるで今生の別れみたいだな、石岡君。まさか……君はそのマ

    ンションを出て、どこかへ行ってしまうつもりなのかい? だとしたら、僕は……

    一体どうすればいいんだろう……



     
  こんじょう                  なに
 「――まるで今生の別れみたいだな、石岡君。そこを出て何か新しいことでも始めるつも

 りなのかい?」



  ――ん? 何を勘違いしてるんだ? そんなこと考えてもいないのに。でも……何だ、

    結構あっさりしてるんじゃないか。もし本当に僕がここを出るって言っても、別に

    御手洗は平気みたいだなぁ……




 「いや、何を勘違いしてるんだ? そんなことは考えていないよ」

 「…だろうね。そうしてくれたまえ」

 「――――」

 「…………」



  ――ああ、石岡君石岡君。本当は言いたいことや訊きたいことが山程あるんだよ。だけ

    どそれを始めてしまったら、僕はきっと何時間でもそうしてしまう。だから……

  ――…ねえ、御手洗君……本当は僕に強くなって欲しくてこのマンションを、日本を離

    れたんだよね。でも、ごめん……僕はまだ、この場所から飛び出す勇気がない。こ

    こは君と僕とを繋ぐ最後の砦なんだよ。だから……



  ――こんな薄情者よりやっぱり若い女性の方がいいんだろうな。君は僕とは違うから。

    だけど……

  ――立派になっていく君を見ていると僕のところに帰ってくるつもりなんてないんじゃ

    ないかといつも考え込んでしまう。だけど……





    僕には 君が 必要だから






 「――ああ、そろそろ講義の時間だ、切るよ」



  ――石岡君、どうか身体には気を付けて



 「うん」



  ――御手洗、今度はいつその声を聴かせてくれる?




 「本の発送頼んだよ。じゃあ」

 「ああ」


                
 いと
  ――…さようなら、さようなら、愛しい君

  ――さようなら、幸せだった僕。願わくば――…





    
願わくば“未来の君”の隣に

    
僕の居場所が ありますように――











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