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【 ≪さらば遠い輝き≫と併せてお読み下さい 】

‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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友情系 002-1 / TYPE-S

天才詩人の雑記
てんさいしじんのざっき






  僕は今、非常に悩んでいる。他人にそれを吐露出来るような性格ならばこの心も少しは

 軽くなるのだろうが、そうしたことは、恐らく生涯しないと思う。

  いつだったか『ラーセン』でふと友人に感傷めいたことを洩らしてしまった経験がある

 が、今にして思えばあれは人生最大の失敗だった。誰かに――特に僕のことを知る関係者
                 
 はな
 の誰か一人にでも――あの日のことを話していなければ良いのだが。



  彼はよく僕に向かいこう言ったものだった。“君は狂人である”と。長い付き合いの中

 で次第にその言葉が悪意のみにより発されているわけではないのだと理解出来るようにな

 ったが、知り合った当時は、少なからず彼の言動に傷付けられたものだった。愚鈍な彼は、

 そんなことにすら気付いてはいなかったろう。
            
 かよ
  だけど僕だって赤い血の通った人間だ。人並みに苦悩することだって、涙を流したいこ

 とだってある。だからその想いは全てこのレポート用紙に対しぶつけてしまうことにした。

 そのぐらいは、神も赦してくれるだろう――。



  こんなものを残しておくつもりは毛頭ない。人の目に留まれば大変な混乱を招くことは

 必至だし、何よりも、世間に出れば彼の目に触れぬわけがない。
                                       
 ねん
  彼を傷付けたいわけではないのだ。その為だけに、ずっと口を噤んで二十年もの長い年

 
げつ                        
 
 月を過ごしてきたのだから。時期がくればこの手記は炎に燃べる。こんなもの、存在して

 いたって誰の為にもなりはしない。



  彼女には本当にすまないといつも思っている。彼女は素晴らしい才能と、何より目醒ま

 しい向上心を持っている女性だ。大変な美人だし、スタイルだって悪くない。加えて聡明

 だ。彼女のような女性に言い寄られてそれを袖にし続ける僕の行為は、全世界の男達から

 見れば誠愚かに映っていることだろう。自分でもそう思ってみたことはあるのだ。しかし

 ――残念ながら、やはり彼女の気持ちに応えることは出来ない。僕の心は、二十年前のあ

 の日からただ一人の人間によって支配されてしまっている。


                         
おおむ
  僕が異性より同性に惹かれ易い人間であること自体は概ね認めても良いと思っている。

 しかしそれは彼の言う“女嫌い”や一部世間で噂のあるらしい“男色家説”、そういった

 意味合いのものではないと自分では考えているのだが。
      
 みな
  僕は何度も皆の前でそう公言したつもりなのだが、どうも巧く言いたいことが伝わって

 いないようだ。僕は“人間個人としての魅力”に惹かれるのだ、性別など問題にしていな

 い。僕は世界中の女性が全て嫌いなわけではない、ただ僕の周囲に魅力的な女性がいなか

 っただけのことである。加えて彼のように結婚願望があるというわけでもない。他人に依

 存することばかりを考え他人の心の中まで平気でずかずかと入り込んでくる、そんな人間

 とは関わり合いたくないだけだ。この件に関して、僕は自分がおかしいなどとは全く考え

 ていない。



  世間では僕が男色家であるかどうかが盛んに議論の対象となっているようだが、そんな
   
 ほお
 ことは放っておいて欲しいと思う。確かに今の僕の心を支配している唯一の人間は生物学

 上の男性だ。しかしだからどうだと言うんだ? 僕は誰かに迷惑をかけているわけでもな
        
 なに
 ければ、彼自身に何かを言ったわけでもない。彼を困らせたいわけではないのだ。だから

 ――



  彼女が“その一言”で僕を諦めるのだと思いはしても、なかなかそれが口に出来ない。
                                  
 とど
 例えその対象を個人として伝えずとも――もしその可能性を肯定するだけに留めておいた

 としても――それを口にしてしまえば、そして彼がそれを知ってしまえば恐らく彼はあら

 ゆる意味で大きな苦悩を抱えることとなるはずだ。ある意味では彼程“常識”というもの

 を重んじている日本人もいない。

  僕が同性愛者であるなどと言えば、彼は真っ先に自らのことを考えるだろう。当然だ、
                           
 なに
 僕達は十五年近くもの長い間生活を共にしてきたのだから。何か考えるところがあるのは

 極々自然な思考回路だと思う。そして、誰にもそれを止めることなど出来はしない。



  大方の予想ならば容易に付く。まずは憐れな程に驚くだろう。続いて自分がその対象と

 し見られていたのではないかと悩み始める。状況によるだろうが、それが深刻な場面であ
                                
 のち
 れば彼は事の真偽を僕に質すことすら出来はしないだろう。悩み抜いた後に神経が衰弱し

 てしまう可能性だってある。これは、こちらにとって最悪な事態と言える。

  しかしながら彼はその対象ではないと伝えることもまた、彼には悩みの材料となるのだ。

 “自分には人間としての魅力が欠落しているからなのだろうか”――…彼はそういうこと

 でも悩める男だ。つまり、どちらにしても彼を困らせることになる。


                                     
 いま
  そして彼には忘れられない女性がいる。もう過去のことなのだが、彼にとっては未だ現

 在であるらしいことが傍で見ていてよく解る。時折、思うこともあるのだ。あのまま彼が

 彼女と幸せに暮らしていれば、そしてたまに僕のところへ遊びに来る程度の友人だったな

 らどれ程か楽だっただろう、と。

  …いや、それだって互いにとって良い結果を生んだかどうかは解らない。下らないこと

 を考えるのはよそう。



  僕は幼少の頃から性的なことにあまり感銘を受ける人間ではなかった。だからこのよう

 な人格を形成したのだろうかと思うと同時、厄介事に関わることがなく済んで良かったと

 も思う。しかし反面、そういう感情というものに対する興味が全くないとは言い難い。世

 に言う“他者を愛おしいと想う感覚”というのは、一体どのようなものなのか――。



  彼を見ていてよく感じたことがあった。一緒にいると楽しいとも思ったし、彼の言動や

 行動は見ているだけでも面白かった。別に彼を軽視していたわけではない。だからと言っ

 て同等に見ていたわけでもないのだろうが――この辺りは、何と表現したものか巧い言葉

 が見つからない。

  ただ外で呑んで電車で共に帰宅する時など、彼はよく他愛のない独り言をぶつぶつと洩

 らしたりしたものだ。また今となっては懐かしい話だが、僕が屋根から転落したかと勘違

 いした時など、朝食のパンを片手に慌てて僕を捜しに走り出してきたこともあった。ああ

 いう時、何と言ったらいいか――正確な表現ではないかも知れないが、ふと彼の頭を撫で

 たくなるような、そんな奇妙な衝動に駆られたことはあった。部屋のデスクで原稿を書き

 疲れ眠り込んでしまった時なんかもそうだ。これは、犬という生き物に対する気持ちと、

 ある種似ているような気もする。
                       
いくど
  おかしな話だが、彼を可愛いと感じたことなら幾度となくあったと思う。それこそが愛

 情と呼ばれるべき感情であると言われてしまえばどうしようもないのだが、とにかくそれ

 は事実である。

  しかし同時に、僕は彼に対し苛立つことも多かった。これは出逢った頃からずっとそう
   いっとき                                  あと
 で、一時としてこれが治まることはなかった。しかもこの苛立ちは前述した出来事の後に

 より一層の強さを持って感じる気がした。どこかしら頼りなさを感じさせる薄い胸や白い
                                
 なに
 素肌、僕を見上げる哀願するような目付きに気付いた時などは、まるで何かに打ちのめさ

 れているかのような衝撃を受けたものだ。

  誰にも解らなかっただろうが、僕はそんな痛みと共に十五年近くもの時間を過ごしてき

 たのだ。



  馬車道のマンション自体は懐かしい。戻る気が全くないなどと言うつもりもない。あの

 頃は腹立だしいことも多かったが、やはり彼との共同生活は楽しかった。しかし――

  彼に“留守を頼む”“勝手にそこを出るな”と言うのは、実は本心からではないように

 も思う。心のどこかで“僕の言うことなど無視してさっさと出て行って欲しい”と考えて

 いることも事実だ。僕があんな形で日本を出たまま帰るつもりもないと言えば、十中八九

 彼は“同居人として失格した自分”を責め苛むに決まっている。だから極たまに“そこに

 は戻る意志がある”ことを仄めかしているのだ。だが願わくば“僕は彼に捨てられる”の

 ではなく“僕が彼を捨ててやろう”というぐらいの一大革命は考えてみて貰いたい。

  そしてそれは彼を深く傷付けずに済むと同時に彼の成長をも表すことだから、こちらに

 とっては二重の意味で好都合だ。唯一の問題はその時の僕の心情がどのように反応するか

 ということだが、そんなことはどうとでもなると思う。今までだって、そうやって生きて

 きたのだから。


              
  しあわせ
 “彼にはどんな形ででもいいから幸福でいて欲しい”――僕の願いは、ただそれだけだ。





    **********




                
 いぬぼうさとみ
  馬車道にあるマンションの一室に犬坊里美が訪ねてきたのは、ある晴れた日の午後だっ

 た。

 「先生、元気ですかぁー?」

  …また訊かれた。私はいつもそんなに元気がないように見えるのだろうか?

  里美にソファを勧め急いで用意したティーカップをテーブルに二つ並べ置くと、彼女は

 どこか窺うような仕草で私を見つめる。

 「…何、里美ちゃん、どうかしたの?」

 「……いえ、別に……」
             
かお
  しかし何でもないという表情ではない。それどころか、今日は里美の方が大丈夫かと問

 いたくなるような顔色をしている。

  彼女は紅茶を一口含むと、思い詰めたような口調で言った。
 
いしおかせんせい   なに
 「石岡先生、最近何か変わったことありませんでしたー……?」

 「いや、別に。…何で?」

 「うーん……どうせ隠してても誰かからバレちゃうと思うから言いますけどォ……実は今

 先生達のファンサイトに、物凄い文章が出ちゃってるんですよー……」

 「物凄い文章……?」

  私が首を傾げると、里美はまたちらちらと私の顔を盗み見る。若い娘に真っ向から観察

 され慌てたように頬を逸らすと、彼女はそんな様子を見て一言ぽつりと呟いた。

 「先生って可愛いねー……」

 「えっ?」

 「先生がそんなだから、余計に信憑性あるなとか思っちゃうのよねー……」

 「……?」

 「ねぇ先生、『ラーセン』って知ってる?」
            
 なん
 「え? …あぁ、そういや何かあいつから聞いたことある。ストックホルムにあるお店の

 名前でしょ? 確か」

 「――やっぱり……」

  里美の言わんとしていることは全く解らないが、私はまた彼女を呆れさせるような失敗

 をやらかしたらしかった。彼女は思い切った口調で言う。
                   
さっき
 「いい、先生、よく聞いて。…あのね、先刻言ってたその物凄い文章っていうのは、どう
   
みたらい
 やら御手洗さんの書いたものらしいんですよ」

 「…えっ、何、あいつそんなところに書き込みなんかしてたの?」

  らしくないなぁ、というのが私の第一印象だった。すると里美はううん、と首を真横に

 振りもう一回紅茶を啜る。余程喉が渇いているのだろうか、今日は口の滑りも悪い。

 「それがどうも、誰かに盗まれたものらしいって……その…手記って言うか、雑記って言

 うか、……そんな感じの文章なんですけど……」

 「盗まれた? …で、誰がそれ、載せてるの?」

 「それは解らないんです、でも誰が盗んで誰が載せてるかはもう問題じゃないんですよー。

 重要なのは、その内容の方で……」

 「研究記録とか?」

 「いえ、そっち方面は全然関係ないです。ただ、その文章自体は勿論ワープロで打ってあ

 るんですけど、本人によるものだっていう証拠に御手洗さんの筆跡だと思われる一文が数

 点写真で載せてあるんですよねー。何だか文面も御手洗さんっぽいし、愛好家の人達も本

 物の手記である可能性が高いって……もう今サイト、大荒れなんですよー」

  私は里美の真剣な表情の意味が解らず、あははと短く苦笑してしまった。

 「解らないなー、そりゃ彼は筆不精って言うか……確かにあんまりそういったものを書く

 タイプの男じゃないけど、どうしてそんなことで大騒ぎになるのかな。変な奴だけど一応

 人間だもの、たまには文章ぐらい書くよ」

 「……見たら絶対にびっくりするとは思いますけど」

  彼女は私と視線を交わすと、突然小さなショルダーバッグを抱えながら席を立つ。「今
                  
 なに
 日は私、これで帰りますね」と言うので何か不愉快にさせでもしたのだろうかと思いつら

 れて上体を起こすと、里美は妙に同情めいた物言いで言葉を繋いだ。

 「私、先生のこと好きよ」

 「…あぁ、うん、ありがとう……?」

 「――先生、あまりショック受けないでね」

 「…うん……?」
          
  
  里美が静かに扉から出て行く様をぼんやりと見送った私は、一人で冷たくなった紅茶を

 啜りながらゆっくりと小首を傾げる。何が何だか意味は不明だが、要するに御手洗の書い

 た文章の内容が“物凄く”“世間を騒がせている”ということらしい。日本語で書かれた

 文章ならば、私にも意味ぐらいは解るだろうか?





    **********





  その頃。一台のパソコンの前である人物が形の良い唇の端を吊り上げて笑っていた。

 「このぐらいの文章、彼を知っている人間にだったら眠りながらでも書けるわよ…――」

  画面だけが白く耀く薄暗い部屋の中で、にっこりと笑みを深くしたのは目の醒める程に

 華やかな美女である。
       
  イタズラ
 「ま、こんなのは悪戯としてすぐに忘れ去られるでしょうケド。少しぐらいは自分の置か

 れている立場について悩んでみてよね――石岡さん?」

  そう悪怯れない口調で呟きながら、白い指先で電源を落とす。

  長い脚を組んだままハイセンスなチェアを回転させこちらを振り返った世界的大女優は、

 一瞬だけ眸の色を昏くすると手にしたワインを呑み干した。











これは御手洗さんの一人称語りで石岡君との関係を追及してみたかったんですかね
(ですかね、ってアンタが知らなきゃ誰も知んないよ、そんなこと)。
何だか思い付いてからぱぱっと書き上げた記憶があります。
当時はレオナさんを悪者にしてしまったことに対して
物凄〜く申し訳ない気分になったものでしたが
結構非道な御手洗さんや石岡君を書きまくっている今からすれば
こんなの可愛いものですよネ
(って言うか……ごめんなさいねぇ、皆さん。←マジで☆)。




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