友情系 001-1 / TYPE-S

十二番目の貴石
じゅうにばんめのきせき






    



  厭になる程天気の良い、真夏の午後のことだった。

  外界の暖かな空気を身に纏い私がマンションの扉を引くと、空調の冷気を一身に浴び涼

 しげな表情をしている男の姿が見たくもないのに目に入る。

  視界の中の同居人は英国風アンティークのソファに悠然と身体を伸ばし、水滴の滴るグ

 ラスの中身を旨そうに呑み干していた。グラスの縁にはうっすらと少量の泡が残っている。

 …私が呑もうと楽しみにしていた最後の瓶ビールは、たった今彼の体内に吸収され尽くし

 てしまったらしい。

  両手に抱えていた郵便物をばさりと応接セットのテーブルへ置くと、私は瞼を半ば閉じ

 ながら彼に不平を訴えた。

 「相変わらず……呑気なもんだな、君は。昼間っから一人で酒盛りか」
      
  いしおかくん
 「ああ、お帰り石岡君! 君の淹れてくれたアイスのアールグレイも捨て難いけど、やっ

 ぱり夏はビールに限るね! しかも今日のは程良く冷えていて、僕の喉の渇きを存分に癒

 してくれたよ!」

  …そりゃあよく冷えていただろう。私が自分の喉の渇きを癒す為に二日も前から冷蔵庫

 に眠らせておいたものなのだから。
      
みたらいくん
 「あのね、御手洗君……」

 「ああん、何だい?」

  御手洗の軽い口調に、私の気分は少々ささくれ立ってしまったようだ。つかつかと彼に

 歩み寄ると、ぴんと伸ばした人差し指を無邪気な鼻先に突き付ける。
                       
した
 「大体ね! どうして僕が毎回毎回君の郵便物を階下まで取りに行かなくちゃならないん

 だ!?」

 「ありがとう」

 「ありがとうじゃない、僕は親切心で君の足代わりをしているわけじゃないんだぞ」

 「違うの?」
                               
した
 「…頼む度に眠ったフリや頭痛のフリをしているのは自分だろ? 階下からこれだけの荷
            
 けっ
 物を運んでくるのだって、決して楽な作業じゃないんだぜ?」

 「老化防止に協力してあげているんじゃないか。いい運動になるよ」

 「僕はまだ三十九歳だ、君の方が年上のくせに大きなお世話なんだよ」
      
さっき
 「ところで先刻言っていた“君の郵便物”というのはどういう意味だい? まさかこの大

 量の封書や小包が全て僕宛だなどということは――」

 「…あるんだよ。いつだってそうじゃないか、厭味な奴だな。このファンレターやプレゼ

 ントの山に僕宛のものがあったことなんて数える程もないよ」

 「面倒臭いなァ……君が読んで要点だけを説明してくれないか」

 「あのねぇ、君、御手洗君。何度も同じことを繰り返すようだけど、これは君を想う奇特

 な女性読者からの誠意の表れなんだぜ? それを――」

  私が一息に意見しようとした、正にその瞬間だった。

 「――ちょっと待って、石岡君」

 「何だよ!?」

  御手洗がゆっくりとソファから上体を立ち上げ、テーブルの上につと右腕を伸ばす。彼

 は郵便物の群れから一通の封書を選び出すと、それを暫く眺めて言った。

 「あったよ、ほら、君宛の手紙」

 「え?」
                               
きよしさま   かずみさま
  私は御手洗の長い指から真っ白な封筒を受け取った。ん? 御手洗潔様、石岡和己様?

 ……これって……

 「連名じゃないか」

 「ああ、そうだね。一体どこの美しいお嬢さんが貴重な切手代を節約したんだろうね!」

 「また君はそういうことを……」

 「いいから開けてごらんよ。案外中身は君への恋文と僕への挑戦状かも知れない」

 「案外とはどういう意味だ?」
                     
はさみ
  私は同居人を軽く睨みながらスティール製の鋏で封を切り、問題の文書を引き出した。

 掌に落ちたのは二つ折りの白いカードが一枚。それだけである。

 「――で? その聡明なお嬢さんは何と言ってきたんだい?」

 「……南の島に来いって……」

 「え?」

 「南の島の別荘に来ないかと書いてある」

  全文は、以下の通りだった。





   
拝啓 御手洗潔様、石岡和己様

   暑い日々が続いておりますが、いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。

   御多忙なところへ突然このようなお便りを差し上げました非礼、御容赦下さいま

   したら幸いに存じます。

   さて、この度南の島の別荘を舞台に推理力に自信のある方々を招いてのミステリ

   ーツアーを決行することとなり、万一御都合が宜しければと、この招待状を御送

   付致しました次第です。
                            
 せいびかん
   御参加いただけますなら、下記項目を御承諾いただき我が聖美館まで御来訪下さ

   いますよう。

   お二人にお会い出来る日を、心待ちにしております。          敬具

   ≪日時≫  一九九〇年八月三日から七日

        (時間は各自にお任せ致します)

   ≪集合場所≫封筒裏を参照のこと

   ≪所持品≫ 各自自由。但し、当ツアーの余興の為、誰にも内容を話さず御自身

         が最も大切にされている宝を必ず御持参下さいませ。旅費、宿泊費、

         食費等は全て当方にて御用意致します
                                
さくま おさむ こずえ
                         <聖美館館主:佐久間脩、梢>





  御手洗は私が読み上げた内容を聞くと「ふぅん」と呟き、少し笑った。

 「――厭になる程ありふれた設定だなァ」

 「……そうだね。まるで子供の悪戯だ」
        
 のち                      キッチン
  私も苦く笑った後、カードをテーブルへ置くと衝立の向こうにある厨房へと両足の角度

 を変える。…が、その瞬間シャツの裾をすうっと引かれ、強引に動きを遮られてしまった。
 おど 
 戯けた口調で彼が言う。
   
 センセイ
 「石岡先生、新作の御予定は?」

 「…は?」

 「君、最近まで中篇向きの事件を捜していただろう? これはなかなか……今度のネタに

 使えるかも知れないぜ?」

 「ちょっ…御手洗、冗談だろう? このツアーに参加しようって言うのか?」

 「イエース」

 「そんな、だってこんな話……第一この館自体、本当にあるかどうか解らないんだよ?」
              
  さき
 「なけりゃどこかの温泉にでも行き先を変えてちょっとした小旅行を楽しんでくればいい。
 なぁに 
 何、君の仕事は紙とペンさえあればどこでだって進められるんだからね! 馬車道だろう

 が南の島だろうが特に不都合はないよ」

 「それはそうだけど……」

 「同じ景色ばかり眺めていても煮詰まるだけさ。それに僕は君と一緒に旅行がしたい気分

 になってきたしね。君は? そうじゃないのかい?」

  御手洗は両腕を頭部へ回しソファの背凭れに体重を預けると穏やかに微笑み私にウィン

 クを送ってきた。私はズボンから引き出されたシャツの乱れを直しながら彼への返事を考
          
 よくとし
 え、一九八三年末から翌年始めにかけての北海道旅行の経験を思い出す。

 「別にわざわざ恥をかきに行きたくはないよ……」
            
ことば
  不意に口を衝いて出た科白に御手洗は小首を傾げ私を見上げた。彼と出掛けるとろくな

 ことがないのだ。
       ・・・・
  ……今回もたまの時とやらでなければ良いのだが。










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