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  深夜十一時。藤原がいつの間にか呼んでいた警察の人間が聖美館へと駆け付けて、展示
            
  だんじょ
 室に大人しくしていた三人の男女は敢えなく御用となった。城野に北条等を怨む気持ちは
                  
かお
 微塵もなかったらしく彼は心底複雑な表情をしていたが、警察手帳を見た時に「おやおや、

 こんなに夜遅くまで警察の人も大変だ」と呟いていた御手洗が「…ま、ああいう手合いに
                          
 なぁに
 はほんのちょっとは反省する時間も必要だと思うからね。何、気にすることはないよ、君
                            
  つみびとたち
 が考えている程大したことにはならないはずだから」とあっさり罪人達を警察へ引き渡す。
          
 のち
  さて、ここから先は後の友人の調査により判明した事実だが、やはり石岡の言った通り

 北条と佐久間夫妻は以前より面識があったのだということらしい。元々生活も華やかでは

 なかった北条が賭け事などにすっかり有金を掏られたところ“大金になりそうだ”と目を

 付けたのが友人の所有する聖母の黄金像だったのだが、物に執着しない城野がこれだけは

 どうしても譲ろうとせず、北条は何とかしてそれを自分の物に出来ないかと画策した。し
                                   
 もの
 かしこの黄金像というのが聞いた話によると随分由緒のあるもので、そういう品ならば逆
                      
いちじ
 に一介の業者では扱いきれはしないだろうと、一時は計画を断念していたそうである。

  だが幸か不幸か北条が美術商へ持ち込んでいた黄金像の写真が佐久間脩の目に留まって

 しまい、夫妻がこの像を破格の値で譲って欲しいと言い出した。そこで三人は城野から黄

 金像を盗めないものかという計画を練り始め――今回のような事件へと発展してしまった

 わけである。

  城野の性格上“元はミステリーツアーで意図せず手に入れた品なのだから同じ内容のツ

 アーで盗まれたのならそれも運命だったのかも知れない”と泣き寝入りを決め込む蓋然性

 が強いと北条は踏んだらしい。確かに、お人好しの彼ならばその程度の科白は言いそうに

 思えた。ちなみに京都のミステリーツアーの優勝者は黄金像と共に巨額の現金を手にして

 いるらしく、後者は北条が独占しているはずであると友人は語る。ではその大金は一体ど

 うしたのだろう、と私は考え、短い嘆息と共に答えにぶつかった。ああ、そうか。やはり

 それら全ても、彼はギャンブルで失ったか……。





    **********




           
あいだ    あるじ              
あす
  さて。この館は当分の間とはいえ主人を失い警察の管理下に置かれ、明日には私達招待
         
 のち
 客も軽い事情聴取の後この地を後にすることとなったわけだが、謎はまだいくつか残って

 いるのである。

  本物の御手洗と石岡が私達という偽物の存在に気が付いたのは一体いつだったのか? 
                               
 みな
 何故私達の芝居を放任しておいたのか? 知りたいことは山程あり、皆もまた、訊きたが

 った。しかしそれは私と友人からすれば、とんでもなく意外な答えを聞かされる羽目とな

 り……

 「君達の姿を僕と石岡君が初めて見かけたのは列車の中でだった。大声で“煙草の有害性”

 について演説をしている青年がいたので見ていたらお次はドイツ歌謡を歌い始める。不思

 議な思いで見守っていると、彼は隣で何事かを綴っている友人を指し示し、向かいの席の

 連中にこう紹介した。“この男は同居人で、僕の解決した事件を小説にしているんです”

 とね――」
        
どうちゅう
  ……ここに来る道中、確かに匡史はそういうことをしていた(英語ではなくドイツ語だ

 ったのか。私には友人と違って、外国語の才がない)。
                          
 あと
  しかしあれはとりあえずのところ嘘ではなかった。あの後、彼が調子に乗って自分の名

 を御手洗潔だなどと名乗らなければ良かったのだ。

 「…で、これは面白い連中がいるもんだと思ってね、よくよく観察していると君達はこれ
      
     はな
 から南の島へ行くことを話しており、その手には見憶えのある白い封筒が握られている。
                  
 
 成程、それならばこういう展開にもなり得るだろうと考えてね――途中下車した僕と石岡

 君は、眼鏡や整髪料といった簡単な変装道具一式とパフォーマンス用のパーティグッズを

 買ってきたというわけさ」

 「僕は列車の中で初めて津田君を見た時、正直言って全身の血の気が引いたよ。新種の病

 気かと思ってね」
                               
おおむ
  石岡は気の毒な程に憂鬱な表情で呟く。しかし申し訳ないがそれは概ね正解だった。彼

 は“御手洗病”と私に診断された立派な重病人である。

 「僕達二人には君達の目的が正確には解らなかった。だから動向を暫く窺うことにしたん

 だけれど、僕達の名前はもしかしたら君達に取られてしまうかも知れない。そこで考えた

 のが――こいつだ」

  御手洗はそう言いながら、先日談話室で使っていたアルファベットの小さなブロックを

 取り出した。先程の身体検査の時にもこれは彼のズボンのポケットに収まっていたが、黄
                                      
 なん
 金像とは関係がないということで特別問題にはならなかったものだ。それが今、一体何の

 関係があると言うのか。

 「僕と石岡君は出来るだけ嘘は言わないようにしようと努めた。名前だけはどうしようも

 なかったから少し“音”を変えさせて貰ったけれど――でもこれだって、僕達は“自分の

 持っているもの”を使って自らの名を名乗っていたんだぜ」

 「“音”を変えた……?」

  藤原が怪訝な表情で呟いた。私にもさっぱり訳が解らない。

 「要するに――こういうことです」





     
 
    

 

     



     
 
    

 

     





 「ああっ、何コレ、そういうことだったのー!?」

 「音を変えたが自分の持ち物を使った……成程、確かに。巧く考えましたね、脱帽ですよ」

  有香と藤原は溜め息と共に“もう何があっても驚きはしないぞ”という顔付きになって

 いた。そして私の心情と言ったら――…ああ、もうどうでもいい……。
                                   
 みな
  すると御手洗はアルファベットのブロックをすっとポケットに仕舞い込み、皆の方を改

 めて振り返りつつ右手を上げた。

 「…さて、それではこの展開で僕だけが何もしないというわけにはいきませんので、この

 推理クイズの第四問目は僕が答えさせていただきましょう。但し三人もの人員が削減され

 てしまい解答不明のものもありますので、賞品はいただかなくても結構です。…あぁ、そ

 うか、出題者及び提供者がもうこの場にはいらっしゃらないか――…残念だったねぇ石岡

 君、君は刀剣の間にあるスターサファイアの短剣を物凄く欲しそうに眺めていたのに!」

 「…僕があの短剣を欲しがったのは君を刺してやりたいと思ったからなんだぞ……?」

  御手洗と石岡が我々の目の前で本気とも冗談ともつかぬ会話を交わしていた。しかし…

 …

  今御手洗は何と言ったのだろう。この宝の所有者を当ててみせるだって? 私にもいく
       
 もの
 つか見当の付く品はあるのだが、それでもやはり全てを言い当てることなどとても出来る
        
 みな                        
  はな はじ
 とは思われない。皆が同様の感想を表情で語るのも構わず、彼は軽快な口調で話し始めた。

 「――まず。突然見ず知らずの人間から“イべントの余興に使うから最も大切な宝を持っ

 てこい”などと言われて本当に一番大切なものを持ってくる人はそう多くはいません。そ

 れを二つに増やしてくれるというのなら話は別でしょうが、破損されたり盗まれたりする
     
  よっぽど
 可能性の方が余程高いからです。その点、ここの招待客の皆さんはなかなか純粋と言うか
               
  ほうもつ
 正直と言うか……本当にそれなりの宝物をお持ちになったようで。一つ狡いことを言って
            
  ほうもつ
 しまうと“当人の持ってきた宝物と同等の賞金を差し上げます”、なんてイベントも捜せ

 ばあるんでしょうが、少なくとも皆さんはそういう下心によりこれらの貴重品を運んでこ

 られたわけではないようだ。僕は嬉しいですよ。でもその素直さで悪い人達に騙されない

 ようにして下さいね。さて――
                      
ひと
  もう一つ、ここで付け加えておきたい要素が人間の見栄という感情です。自分がよく見

 られたいと思う心、アレですね。そしてこれは成人から中高年の方により多く見られる傾

 向があります。勿論例外もありますけどね。…では、簡単に解るところからいきましょう

 か。

  聖母の黄金像、これは紛うことなく城野さんの恋人です。これが解らないという方はこ

 の場にはいないはず。次にブルーダイヤの見事なネックレス、これは富士見さんのものだ。

 停電の時に自ら申告して下さいましたのでね、これもよく聞いていれば解ったはずですよ」

 「…あら、そうだったかしら……」

  温子が少し恥ずかしそうに頬を染め真紅の口元を押さえる。余程動転していたのだろう、

 こうしていると何だかとても可愛らしい女性に見えた。しかしそんな彼女には全く目もく

 れず御手洗は続ける。
                                      
パートナー
 「さてさて、ここからが問題です。この辺りからともなると、皆さん御自分のものと相棒

 のものぐらいしか解答に自信が持てなくなってくるのではないでしょうか。しかしこの中
              
たにん
 に僕だからこそ解ってしまう他人の宝が一つ。『ギブソンJ−200』――ここにあるア

 コースティックギターなんですが、これは僕の愛用しているギターと同じ種類のものなの

 で、恐らくはもう一人の御手洗氏が持ってきたのではないかと。戸田君、違いますか?」

 「正解です。手に入れるまでに大変な苦労をしたので、これは本当に僕の宝ですよ。実際
  
        いえ
 よく弾いてもいるし、家でも電気ギター『ギブソン335』と一緒に並べて飾っています」

 「――いやいや、こいつを見た時には流石にこっちも参ったね。大切にしてやってくれた

 まえ」

  御手洗は自分の出来損ないクローンに向かって複雑な苦笑を洩らした。そしてその瞬間、

 私は友人の悪意なき虚言癖を次からは全力で阻止しようと誓ったのだ。ちなみに私も彼が
                   
 いえ
 このギターをここへ持ってきたことは同じ家を出る前から解っていた。ギターケースを更

 に大きなバッグに入れ横浜からここまで運んできたのだ、これで気付かなければ私は余程

 の低能ということになる。

 「それから僕に解る品がもう一つ。……成程、『エアジン』のレコードか……はん、なか

 なか可愛いことをしてくれるね、石岡君。今夜の君は最高に僕の気分を良くしてくれるよ。

 帰ったら食事当番を一回だけ多く引き受けてあげるからね――…で、ここから先は正真正

 銘、本当に僕の勘です。違うものがあれば遠慮なく仰って下さい。では、目に付いたもの

 から順番に。

  …これ! この大型エメラルドは凄いですね! 御存じの通りエメラルドというのは非
                                   
  ティアラ
 常に脆い石ですので、ここまで大きな品となるとちょっとお目にはかかれない。王冠自体

 の細工も実に見事だ! これは遠方から持ってくるには非常に神経を遣う代物だと思いま

 すよ。でも同じ建物の中で移動させる分には別段問題はないかと。女性はより大きな宝石

 を人に見せたがる傾向が強いようですし、実際彼女も毎日装飾品のお色直しをしてくれて

 いました。職業柄から考えてもこれは佐久間梢さんの持ち物である可能性が高い、という

 ことはそこの絵画は自動的に御主人の脩さんの宝ということになります。招待客の中で一
              
 かた
 抱えもある大荷物を持っていた方は戸田君以外には見当たりませんでしたから。
                      
かお   ぬいぐるみ
  次に……おっと、これは素晴らしく個性的な表情をした人形ですね、なかなかセンスが
   
にんぎょう
 いい。人形だから女性の持ち物であると判断するのはあまりに短絡的に過ぎますが、これ

 は綾乃君の品と見て間違いないと思います。君の柔軟な感性にこの狸君の外観はピッタリ

 と符合するし、何より、他の品が君の宝である可能性があまりにも低いのでね。

  そして……ああ、これは石岡君の同業者――とはいえ、こちらの方が大先生ではいらっ

 しゃるようですが――ミステリー作家のサインですね。

  一見したところこれは誰のものか判じ難く思えますが、この中にいるミステリーマニア

 は城野さんと石岡君、戸田君、都築君、有香君、そして藤原さんの六人。しかし内三人は

 消去出来ますので、残りの三人のうちの誰かの品と考えて良いと思われます。

  けれどこれは恐らく藤原さんの宝ではないのではないかしら? 残るメンバーから考え

 て、この時間を教えてくれるだけのものにしては見事過ぎる懐中時計はどう見ても貴方の

 ものだ。貴方のような男性がサイン色紙といったミーハー的要素の強い品を仮にも“一番

 大切な宝”としここへ持ってくるとも思えないし、僕や石岡君に好意的ではない発言をし

 た貴方が『占星術殺人事件』を選ぶとは思えない。ボクシングなんて野蛮なスポーツにも

 あまり興味はないでしょう。…ああ、これもそのままで申し訳ないんですがボクシンググ

 ラブの方は北条さんのものでしょうね。消去法で考えても、彼がこれ以外の品をここへ持

 ってきたとは思えませんから。

  ――と、ここまでくると最後に残ったのは先程から話題に出たまま放置されている大先

 生のサイン色紙と石岡和己先生の『占星術殺人事件』。ですが――やっぱりここはね、御

 当人の真似までして下さったのだから『占星術殺人事件』の持ち主は都築君である方が収

 まりはいいですよね。…だとすればサイン色紙は当然有香君のものであるということにな

 る。

  いかがでしょう、皆さん? 僕はホームズ先生とは違いこうしたことはあまり得意では

 ないのだけれど、どなたか反論意見はありませんか?」

  ――流石だと思った。誰もがそう思っていたに違いない。誰からも異議の申し立ては起
      
 のち
 こらず、暫く後に周囲から嘆息が洩れる。

 「…実はこの『占星術殺人事件』が僕と匡史の出逢いのきっかけだったんです。僕がある

 喫茶店でこの本を読んでいた時に彼から声をかけられて――だからこれは、僕にとっては

 生涯手放せない大切な宝なんですよ。他の人達からすれば、どこででも手に入る品に見え

 るのかも知れませんけどね……」

  思えば、本物の御手洗と石岡の眼前で言葉を語っていること自体が夢のようだ。私は当

 時のことを思い出し、不意に込み上げてきた熱い感情に涙で視界を滲ませた。

 「…おやおや、意外なところにも出逢いはあるものなんですねぇ。石岡君もこう見えて案

 外人の役に立っているということらしい」

  石岡が何事か言いたげに御手洗の方を振り返る。そんな視線には気付いていないとでも

 いう様子で御手洗は続けた。
                               
さっき
 「しかしですね、今回のはたまたま運が良かっただけで、実際には先刻も石岡君が言った

 ように“人の価値観”なんてよくは解らないものです。他人から見れば下らないガラクタ
            
 
 ほうもつ   
 も、ある人から見れば至上の宝物となり得る――この種の推理クイズは大抵持ち主と不釣
                              
 
 合いに見える思い出の品等“全く予測の不可能な品”が集まるか、若しくは今回のように

 “比較的予想が付きそうな品”が集まるかのどちらかなんです。しかも今回は戸田君や城

 野さん、富士見さんや石岡君のように論外とし判明してしまったものもあるので、これら

 の所有者が不明ならば言い当てることは非常に困難だったと思いますよ。もしかしたら…
    
 ティアラ
 …ここの王冠も北条さんの唯一の財産で、こっちのグラブが佐久間さん御夫妻のお子さん

 の形見かも知れませんしね…――」

 「ちょっと待てよ、御手洗」
             
 なに
  そこでとうとう、先程から何か言いたげにしていた石岡が形の良い唇を開く。納得のい

 かぬような口調が言った。

 「今だから正直に言うけど、僕は初めてこの展示室に入った瞬間はあの『ギブソンJ−2
               
 いえ
 00』が君の宝だと思った。でも家を出た時は驚く程に身軽だったからね、まさかこれだ

 け別便で郵送しているわけでもないだろうしと思い直して…――とにかく、僕はずうっと

 君の宝の正体が引っ掛かっていたんだ」

 「…ふぅん、どうして?」

 「どうしてって……別に深い意味はないけど。こういう時にせめて友人の所有物ぐらいは
          
 あとあと
 見抜いておかないと、後々また誰かさんに莫迦にされ続けるじゃないか。それに君の弱み
         
 なに
 を握っておけば……何か役に立つ機会もあるかも知れないし……」

 「う〜ん、そういうことを考えていたか……」

 「――だけど! 展示品が最初から一つ足りない時にまさかとは思ったけど、何も持って

 きていなかったのはやっぱり君だったんだな!?」

  すると御手洗は、外貌に似合わず突然怒鳴り始めた石岡の反応にくすりと満足そうな笑

 みを洩らす。

 「…持ってきているよ」

 「…何だって?」
                   
いま
 「最初からこの部屋に展示してあった。現在もここにある。単純な思考回路の者には少し

 ばかり見つけにくいものであるというだけさ。もしかしたら――君には一生の謎になるか

 も知れないね、石岡君」
             ・・・・・・・・・・・・
  その瞬間――私と友人は室内に展示されているものに気付いて同時に顔を見合わせた。

 ――そうか、そういうことだったのか!

  私が友人と一緒に声を上げて笑い始めたら、城野と綾乃も「あー、もしかして……」と

 口元を緩め呟いた。彼等の見つけた御手洗の宝は恐らく“それ”で正解だ。

 「今日程これを持っていて良かったと思ったことはなかったよ」――微笑む御手洗の隣で、
             
かお
 石岡は心底解らないという表情をしている。

 「…まさか空気だとでも言うつもりじゃないだろうな……」
                                      
ゲストルーム
  結局最後まで解答を出せなかった石岡を、私は寧ろ好ましく思った。そして一言、客室

 へ戻る間際にお節介な親切心から
                                
 けっ
 「石岡さん、御友人の大切なもの――どんなに腹の立つことがあっても決して傷付けたり

 壊したりしない方がいいと思いますよ」

  とだけ忠告すると、彼はまたゆっくりと小首を傾げる。

 “この人はきっと一生このままなんだろうなぁ”と思った。そして同時に、私は“石岡和

 己のような作家になること”を堅く自身に誓ったのである。

  こうして――私と友人の“生涯最高のミステリーツアー”は、暖かな余韻を残しその幕

 を閉じたのだった。











    


                      
 みな     あと
  私にとっては波乱を含んだ日々が過ぎ、やがて皆が聖美館を後にする時刻となった。そ

 れでも別れ際に何故かは解らないが藤原や温子、有香等が御手洗の方ではなく私を取り巻

 き優しい言葉をかけてくれたことが今となっては良い思い出である。

  そして津田と都築は今回のツアーで手に入れた美術品を全て他の招待者へ贈ると表明し

 た。自分達が名を偽っていた謝罪の意をこめて――藤原と温子にはデザインナイフを、有
                                       
 なに
 香と綾乃にはアンティークドールを、城野には二対のワイングラスを。私と御手洗にも何

 かしたいと切実に言ってくれたが、「これからも友人の著書を愛読してくれればそれで充

 分だよ」と御手洗が言った途端に二人はあっさり承諾した。私もそれで満足だった。

  城野は二対のワイングラスを手に私達の前へ立つと、繊細な語調で言葉を綴る。
             
いのち
 「石岡先生、この度は僕の生命よりも大切なマリアを守って下さり本当にありがとうござ

 いました。秀幸のしたことはやっぱり間違っているとは思うけど、彼にもいいところは沢
                               ・・・
 山あって……だから、待ってます。津田さんと都築さんが僕にこのグラスをくれたのも、

 きっとそういうことだと思うし……彼が自由になった日の、祝杯のワインが呑めるように

 って」

 「ううん、僕なんかいつもは本当に役に立たなくて……今回は君の為に出来たことがあっ

 て良かったよ。僕達の本を愛読してくれてるってあの言葉だけでこっちがお礼を言いたい

 ぐらいだ。ワイン、呑めるといいね」

 「これからも先生方の御活躍を楽しみにしています。御手洗さんも……お元気で」

 「うん。君もそのバッグの中の美しい恋人――彼女は誰の目から見ても相当魅力的な女性

 だから――今後はあまり人には見せないように。幸運を祈っているよ」
            
 のち
  少し含羞むような微笑の後に深々と頭を下げ城野はその身を翻す。彼は初対面の時から

 どうにも人の好さと言うか……そういう種類の危うさを感じさせる青年だった。それ以来

 出会うことはなかったが、どこかで平穏に暮らしていて欲しいと願わずにはいられない。
    
 みな      
 あと              
  さて、皆が屋敷を去った後、私達は津田と都築と共に横浜行きの列車に乗った。彼等は

 出逢いからが横浜で、『占星術殺人事件』を機に間もなく親交を深め、すぐ様同居を開始

 したのだそうである。

 「彼は僕が掃除をしてもすぐに暴れて部屋を荒らすんですよ」という都築の言に私は心底

 同情した。どうもこの世の中は“面倒をかける者とかけられる者”とが巧く生活を共有す

 る仕組みとなっているところがある。

  だが別れ際、都築は私にだけ聞こえる小声で“津田と御手洗の決定的な違い”について

 教えてくれた。私から見ても津田は気味が悪い程に御手洗とよく似た性質の持ち主であっ

 たが、それを聞いた時にはある意味安堵したものだ。御手洗のようなややこしい人間は、

 世界に二人もいらない。

 「彼もね、基本的にはやっぱり女嫌いの傾向が強いんですけど――こっちには、一人だけ
                     
  まつざき
 例外があるんです。石岡さん、御存じですか? 松崎レオナさんって、物凄く綺麗なモデ

 ルさんなんですけど……彼、彼女にはすっかり骨抜きにされてます。もう大ファンで」

 「…ええっ、レ、レオナさん!? それはまた……何と言うか……」

 「えっ…?」

 「あ、いえ……何でもありません……」

  困ったように苦笑する私の前で都築が不思議そうに首を傾げた。今年の十月に発刊され
  
 くらやみざか ひとく
                  くや
 る『暗闇坂の人喰いの木』を目にしたら恐らく津田は心底口惜しい想いをするに違いない。

  ……御手洗もつくづく罪な男だ。





    **********




                      
いま     いま
  あの奇妙なミステリーツアーから数年を経た現在でも私は未だ御手洗の宝を見つけ出す

 ことが出来ずにいる。あの旅行の翌日、彼は本当に一度だけ多く私の食事当番を引き受け

 てくれたが、どうしてもこの謎の答えだけは教えてはくれなかった。

  しかし料理の苦手な同居人は焼き過ぎた卵焼きと味の薄い味噌汁とで共に夕食を摂って

 いたあの日、不意にぽつりと思い出したようにこう呟いたのである。

 「でも本当のことを言うと昨日の推理クイズの君の宝、完璧に言い当てる自信はなかった

 んだよね。果たして僕との思い出のあるレコード『エアジン』か、それとも君の処女作で

 あり出世作となった『占星術殺人事件』だったのか。……でも、まぁ…――――」

 「……何だよ」

 「…いや、別に。……ああ、やっぱり料理の才能は君の方が上だねぇ……」
                         
もの
  と突然頬を逸らすようにしながら「明日はまともな料理が食べたいなぁ、石岡君」と続

 けた。この時に彼が見せた動揺は今でもはっきりと憶えている。

  しかし私はそんな友人の様子を何気なく思い出す時、いつも苦笑と共にこう考えるのだ。

 もし――


      
いま
  もし私が現在“宝として”自分の著書を持ってゆくことになれば恐らく御手洗との同居

 生活を始めるきっかけとなった『占星術殺人事件』ではなく彼との出逢いを綴った“あの

 物語”を選ぶだろう、と。


                      
 えが
  私は鉄の馬に跨った二十代の青年の姿を脳裏に描き、いつまで経っても見つからない親

 友の宝を一度ぐらいは拝みたいものだな、と思った。











まだ“御手洗さんと石岡さんの間に友情以上のものが介在していてはいけない”と
強く思い込んでいた頃の作品。
これが初めて書いた≪御手洗潔シリーズ≫のパロディ小説です。
十年もの間憧れ続けていたジャンルだったので
“書けるかも”と思った時は嬉しかったですね。
だからこれ、やりたかったことをぎゅっと詰め込んだという感じがあります。
でもこのお話、実は初出時に物凄い設定ミスをやらかしておりまして
今回改訂するにあたり事件発生年度を1984年から1990年に改めさせていただいたんですよ。
……実はそれでもまだいくつかおかしな部分があるんですけど……
まぁ愛情だけはたっぷりこもっているのだということで。
今回は御容赦下さると嬉しいです(涙)。

ちなみに黄金像のトリックは魔夜峰央先生原作の≪パタリロ!≫から拝借致しました。
せっかくのトリックをこんな風にしか使えず本当に申し訳ありません
m(u u;)m


*** おまけ ***



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