「石岡君、思うんだが、君は僕といることで知性の退化現象が起っ
ている」
「僕といることが、決して君のプラスになっていない。そのことが
とても心配だ」
御手洗さんが石岡君の帰省中を狙って突然日本を出て行ったのは
・彼に一人で頑張ってみて欲しかったから
・お互い“個人”に戻って関係を見直したかったから
・自分の存在が毒になると思ったから
・いずれ彼を傷付けてしまうと思ったから
・彼を男としてすっかり駄目にしてしまったから
……等々、これらは今まで愛好家の間で散々囁かれほぼ定説のよう
にも思われていた想像ですが、実はこれ、今になって覆る可能性が
出てきてしまいました。
御手洗さんは石岡君を外国へ連れて行くつもりだったようです。
しかもそれは後で言い訳が出来るように一応、というのではなく、
それはもう真剣に。心から彼の同行を望んでいたのだと。
言われてみれば実行に移す随分と前から外国へ行こう、二人で暮ら
そうとは繰り返し言い続けていました。
が、実際に行くとなると(御手洗さんは勿論仕事で行くわけだから)
始終石岡君にべったりというわけにはいかなくなってきます。
石岡君は日本人、加えてああいう風貌ですからせめてちゃんとした
意志の疎通ぐらいは誰とでも出来て貰えないと御手洗さんも心配で
堪りません。だからこそあんなにまでも口煩く英語を憶えろと言い
続けたのでしょう。
御手洗さんにしてみれば「大嫌いな英語かも知れないけれど僕との
生活の為に頑張ってみてくれよ」とお願いしたいぐらいの気持ちだ
ったのかも知れません(まぁあの性格なので態度には出せなかった
でしょうが)。
御手洗さんは外国へ行く間際までなかなか頑張って彼を誘い続けま
した。けれど石岡君には「英語だけは駄目なんだ」「冗談はやめろ
よ」と相手にすらしては貰えなかったわけです。
出て行く寸前に二人はよく喧嘩をするようになりました。
当の石岡君はその理由を
・自分が飽きられたから
・自分と一緒にいると苛々するから
・自分の頭が悪いから
だと思い込んでいるようですが、御手洗さんの葛藤の正体は決して
そんなことではなかったはずです。
ここへきてこれらはどうしてもYesと言ってくれない石岡君
に対しての御手洗さんの八つ当たりだったのではないかとの説
まで浮上してきました。
だって思いっ切り“役立たず”とか言ったし。怒鳴って泣かせたこ
とまでありますから(泣く方も泣く方だが)。普段の御手洗さんなら
こういうことは(石岡君に対しては)あまりしません。
“御手洗さんはいつ日本に帰ってくるの?”
愛好家の皆さんがよく口にしていた言葉ですが彼が日本に定住する
可能性はもうないと考えた方がいいでしょう。“二人一緒”を望む
なら石岡君があちらへ行くしかもう道はないのです。
待っているのは、実は御手洗さんの方です。
それがある意味では一つの答えなのだと信じているから。
またもしかしたら石岡君もそのことに気付いていて簡単にウプサラ
へは行かないのかも知れません(計算か本能か彼の場合不明ですが)。
行けば答えを出したことになってしまうと心のどこかで分かってい
るから。
実は今回の件で私が一番引っ掛かったのは「僕といることが、決し
て君のプラスになっていない」と言いつつまだ石岡君を自分の傍に
置こうとしている御手洗さんの真意(目的?)でした。
駄目なままでもいいの? 親友なのに? 貴方はそんな風に甘い人
だった? 成長させる為なら突き放す、それが出来る人ではなかっ
たの?
今回は“相手の為”ではなく“自分の為”を選ぶの?
どうしてそんなに一緒にいたいの、どうしてそんなに執着するの、
どうしてそれが“石岡君”なの――?
一緒にいられるなら“弱いまま”でもいいの? 一生彼を守って
いくつもりだから?
…もう御手洗さんの気持ちはほぼ≪さらば遠い輝き≫の通りと見て
いいんじゃないかな、というのが今の私の感想です。
・薄い胸が頼りなさそうに目の前で動いた時、哀願するような目が
自分を見た時、堪らない気分になった
・その気分は穏やかなものなどでは到底なくて、ほとんどノックア
ウトを喰らい続けるような痛みだった。あんな酷い気分は生まれ
て初めてだった
・助けてやらなければ、自分が命を懸けてこの青年を助けてやらな
ければと思った
・あの瞬間、自分は何かに目醒めた
・他人の痛みを自分の痛みに感じて、呼吸さえ苦しくなり、その哀
しみと苦痛とで相手と自分との位置を確認し合うような、そうい
う種類の出来事に心当たりがあるのは生涯ただ一度だけ
ああ、更にこの後駄目押しがあるって言うんだから、もう、ね……。
――…二人共一度覚悟を決めてじっくり話し合いなさいということ
(苦笑)。
|