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性描写(分類D)
【 不快な表現が多用されております。覚悟の上、御高覧下さい 】


‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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EXTRA STAGE 012-1 / TYPE-S

最後の恋
さいごのこい






                       あした
  美大時代の友人が今横浜に来てるって言うから明日会いに行く予定なんだけど。
                       
 のち
  僕がそう声をかけると彼はぴくりと眉を動かした後短く答えた。

  …そう。
 
 どくげん
  独言のように呟きながら見ていた雑誌に視線を戻す。別に彼の許可を得てこちらが行動
                                 
 しか
 しなければならない理由はないはずだが、こうした場合は不快そうに顔を顰めるものだと

 心のどこかで思っていたので、予想外の反応に正直拍子抜けしてしまった。

  ふと見ると、彼は恐ろしい程真剣な面持ちで外国の科学雑誌を読み耽っている。

  まぁいいかと嘆息し、僕は私室の扉を開けた。
   
 なに
  彼に何か意見されることを当然だと思い込んでいる自分が、何だかおかしかった。





    
**********





  友人が泊まっているのだというビジネスホテルのティールームで二〜三時間程歓談し、

 今話題になっているらしい洋画を観てから、夜八時頃に別れた。本当は酒にでも付き合わ

 せたいところだったけど俺も朝一で列車に乗り込まなくちゃならないからなぁ、彼は残念
                
 
いえ
 そうに柔和な眸を細めて笑う。彼は家へ帰れば愛する妻と二人の子供に出迎えられる身分
    
 なん
 の人だ。何の責任も持たずにぼんやり生きている、僕とは違う。

  何だか世俗に取り残されたような寂しい気分で友人と握手を交わし、僕は関内へと向か
                                 
 かじ
 い歩き始めた。どこかでまた会おうと言い離した右手が、心細く、秋風に悴けた。



  僕は暗い夜道を歩くのが嫌いだ。特に、一人で歩く夜道が怖い。考えまいとすることで

 余計なことばかりを勘考し、あの血塗られた夜のことを、思い出す――…誰かが傍にいさ

 えすれば、そういうこともないのだけれど。“彼”が傍にいさえすれば……辛いばかりじ

 ゃないけれど。

 “家族”――ぽつりと呟き、苦く微笑った。山口の実家を離れた今、自分にはもう二度と

 手に入れることも出来ないだろう。
                 
 
いえ
  それでも……あんなのでも、独りの家に戻るよりはいくらかマシなのかも知れないな。
               
  ていじろ
 心の内でくすりと笑うと、無人の丁字路を左折する。

  そこで――

  僕は、唐突に現れた凶漢の奇襲に遭遇したのだった。まるでこちらの動きを予測してい

 たかのよう両目にスプレーを噴射させ、口元をハンカチで覆い塞ぐ。消毒液のような匂い

 がした。エーテルか、上体を折り曲げながらそう思う。

  暴漢は何が目的であるのか僕を易々と抱え上げると夜の気配のより強い方向を目指して
      
 かね
 歩き始めた。金が目当てではないらしい、スプレーで濡れた顔を不快に思い僕はクラクラ
    
めまい
 とした眩暈の中、意識を閉ざす。



  目醒めた時。僕は両の手首を紐らしきもので頭上に吊られ、冷たい壁に凭れ掛けさせら
                     
 なに
 れていた。双眸を開いてみても何も見えない。何か目元を布のようなもので覆い縛られて

 いるせいだ。嘆息しようと口を開くが鼻でしか息が出来ず、頬の肉が強く後ろに引かれて
                                      
 よじ
 いることに気が付いた。口にも布を咬まされているということか――絶望感に身体を捩る

 と、やはり両脚も膝の辺りで堅く固定されているのだと解る。

  直接的に感じられる外気と縄の感触が自分に衣服を身に着けていないのだと悟らせた。

 しかし目的は着衣ではないだろう、確かに今日は人に会うことを意識し比較的上質なもの

 を着用していたが、だからと言って人一人縛り上げてまで奪いたくなる程の価値はない。
    
 うちもも
 先程から内腿に当たっている自らの生殖器が下着をも奪われたことを物語っている。なら

 ば恐らく、暴漢の目的は――…
      
 よじ             ゆか          おと
  小さく身を捩り覚醒を伝えると、コツ、と床を踏み締める無機質な靴音が響いた。僕の

 衣服を剥ぎ裸身を縛り上げた人影がすぐ間近まで迫ってくる。相手が男であるということ
                     
うで
 は感覚的にも察していた。僕を抱きかかえた両腕は肥大ではなかったのにこちらの総身を

 軽々と持ち上げた、あれはどう考えても女性の仕業ではないだろう。

  息を呑み、これから我が身に起こるであろう悲劇の内容をぼんやり想像していると、間
                                    
じだ
 もなくそれは現実のものとなった。彼は僕の肩を後ろの壁に押さえ付け、甘く耳朶を咬み

 ながら緩やかに胸元をまさぐり始める。
  
じかく  そそ
  耳殻に注がれる淫らな音とじっとりと濡れた感覚に僕の全身がぞくりと震えた。指に挟

 まれ揉まれる乳首が媚びるような反応を相手に示し続けている。そこが硬く勃ち上がって

 いることを教えるかのよう二本の指が突起を引いた。視覚を閉ざされているせいだろう、

 そんなことだけでもう身体の中心が熱くなり僕は不自由な腰を揺らしてしまう。……彼女

 を喪ってから何も感じなくなっているものだと信じていたのに。こんな……どこの誰とも
       
 さわ
 知れない相手に触られたぐらいで。
                        
じだ
  僕が厭々をするように首を振り腰を引くと、男は耳朶を含んでいた唇を首筋へと移動さ
     
 すく
  おび
 せた。肩を竦ませ怯える身体をしっかりと両手で固定させ、首筋から鎖骨へのラインへ時

 間をかけ舌を這わせる。

  やがて僕の肌を味わうよう蠢いていた舌は胸の中央へと辿り着き、少し躊躇うような沈
  
 あと         こうちゅう
 黙の後、右の突起を静かに口中に含んだ。無意な快感に膝できつく閉じ合わされた下肢が

 もどかしげに乱れ動く。
       
 ひら  こうかく
  声を洩らせず開いた口角から幾数もの唾液が溢れた。男は腔内の乳首を転がすように舌

 で愛撫し、左の胸元へじりじりと右手を延ばす。一方では口で、一方では指で嬲られ僕は

 息苦しさを訴えた。
                  
   
  脚か、口か。せめてどちらかの拘束を解いて欲しい。今更逃げられるなどとは思ってい

 ない、激しく抵抗するつもりも毛頭ない。でもこのままではあまりにもこちらが、辛過ぎ
                  
かふく
 る――…考えていると男の舌は胸から下腹へと滑り落ち、その両手は僕の性器を軽く扱く

 ようにして動き始めた。じわじわと精液を滲ませていたそこは他者の手淫により逞しく形

 状を変え、絶頂への瞬間を目指し、上昇する。見知らぬ男に辱められ不快に感じていたこ

 とも事実だが、僕はこの時、心のどこかで嬉しいような切ないような、何とも形容のし難

 い感情にその身を苛まれていた。自分は不能であるのだと――…そう、思っていたのに。
        
 よご                              こえ
  涙や唾液で醜く汚れているだろう顔を激しく振り立て、布に遮られながらも掠れた嬌声

 を上げ僕は達した。男の腕が一旦離れ、少しずつ息を整えながら僕は全身を弛緩させる。
                                      
 こら
 身体がびくびくと痙攣し、大声を上げ泣き出したいような気分になった。嗚咽を巧く堪え

 られずに、嘔吐感が込み上げる。だが声が出せず手足を拘束されている身としては口の布

 を外してくれと哀願する手段がない。激しく咳込むことで相手の反応を試してみたが、彼

 は数秒手を休めただけであっさり僕の裸身を裏返した。
                    
めまい          くずお
  きりきりと頭上の紐が緩められる気配に眩暈を感じ、足元が大きく頽れる。しかし男は

 僕の手を取り目の前の壁に突くようにと無言の圧力をかけ要求した。ああ、とうとう同性
                               
     のち
 間のセックスを要求されるのだときつく双眸を閉ざしていると、やや間を置いて後、僕の
                                    
 なに
 腰がぐいと引かれる。男がズボンのファスナーを下げた。背後でぐちゅぐちゅと何かを掻
     
おと
 き混ぜる水音が聞こえる。

  両手を壁に突き背後の男に向かい尻を突き出すような体勢を保っていると、ゆっくりと
                 
 もも あいだ
 更に腰部を引かれ温かく濡れたものが腿の間に侵入してきた。その予想外の異物感に思わ
   
 ひそ
 ず眉を顰める。しかし――…

  内心“これはどうしたことだろう”と相手の正気を疑った。

  これはレイプではないのか? 何故僕の身体の中に挿入ろうとしないんだ? もしかし
        
 
 てこの膝の拘束は逃がさない為ではなく脚を閉じさせる為のものだったのか? だとした
          
 
もも          こす
 ら、彼は始めから僕の腿を使い自身のペニスを擦るつもりだったということになる。何で、

 何で、何で。
      
あいだ            もも
  考えている間にも僕がきつく閉じている大腿の中で男はその体積を増していった。何で、
                             
 
 何で、何で。口からううと声にならない悲鳴を洩らし、僕は涙を散らしながら考える。男
                   
いたぶ                   ちゅう
 は後ろから回した両手で僕の胸を激しく甚振り、項に、肩に何度も口吻けながら無心に抽
 そう 
 送を繰り返していた。左の肩に本気の力で歯形を刻み、はぁはぁと興奮しているらしい息

 遣いを響かせる。
       ・・・・・
  その時ふとある可能性に思い当たり、頭をガン、と殴られたかのような受けた。布に吸
                                 
 ゆか
 よご  あと
 われず滴る涙が口の中へと流れ込む。男は飽くことなく行為を重ね何度も床を汚した後、
      
 
 深く溜め息を吐きながら僕の総身を抱き締めた。彼は衣服をしっかりと着込んでいたらし

 く、背に脚に柔らかな布の感触が押し付けられる。

  まるで長く離れていた恋人に再会した者のような懸命さで彼は僕の身体を掻き抱いた。
                  
かぶり  くぐも  こえ     いとお
 何度も繰り返される肌へのキスに、僕は頭を振り曇った艶声を上げる。愛しげに僕の頬を

 撫で顔中に熱い唇を押し当てながら彼は声を殺して泣いていた。まさか、まさか、まさか

 ――声にならない悲鳴を放ち、僕は“彼”に蹂躙される。好きだ好きだ好きだ好きだ好き

 だ――肌に喰い込む指の先から深い哀しみが伝わった。ああ、もう全て終わりだ……僕が

 瞼を降ろした刹那。

 「これで、……最後だから…っ…――――」

  男は疲れたように背後から短く呟き、再びハンカチで僕の口元を覆い塞ぐ。不快な眠り

 へと沈みながら、きつく身体を抱き締めている男の体温を強く感じた。低く啜り泣く彼の

 声が少しずつ遠退いてゆく。

  あまりに掠れていたその声に心当たりはなかったが、それは彼の泣き声を聞いたことが

 ないせいだろうと意識を閉じながら、思った。


                 
 
  僕が目醒めたのは、それから数時間後なのだと思う。
                 
  ていじろ
  再び双眸を開いた時、僕は魘われた丁字路から差程遠くはない工場跡の一室に転がって
            
 
 いた。全ての拘束は綺麗に解かれ、適当にだが一応衣服も着せられている。身体の上に掛
                   
 わず  めまい
 けられていたコートを掴み身体を起こすと僅かに眩暈と吐き気がした。勿論周囲には誰も

 いない。
 
 
ゆか
  床の上に蹲り腕の時計を眺めた。見るともう夜の二時近くなっている。ぼんやりとした

 視界で見下ろす文字盤を涙の雫が覆っていった。陵辱されたことが哀しかったわけではな

 い。ただ――…胸が、痛かった。

  一つの時代が終わった。

  もう、戻れないのだと思った。






 
 
いえ
  家へ戻ると友人はまだ起きていて、僕が「ただいま」と言うとリビングのソファから
               
 なに
 「お帰り」という返事をくれた。何かの雑誌を片手に足を組んで紅茶を啜り、全くいつも

 と変わらぬ様子で僕の帰宅を見届ける。
                   
  
  僕はその足で流しへ向かいコップに水を汲み取ると一気に喉の渇きを潤した。衝立の向

 こう側から、聞き馴染んだ男の声が聞こえる。

 「随分と遅かったね。一体どこで何してきたの?」

 「…――――」

  僕は唇を薄く開き、じっと流しの中にあるコップに伝い落ちてゆく透明な水滴を眺め続
   
 
わず        あと
 けた。僅かに空気を吸った後、無言で自室へと足を向ける。
                            
 
  ノブを片手に友人の方を振り返り、口元にやわらかな微笑を含むと僕は言った。

 「生涯最後の恋人に抱かれてきた、って言ったら……信じて、くれるかい……?」

 「…――――」
   
                             ドア
  彼の眸を見つめ苦く微笑うと僕は自室の扉を閉める。室内から冷たい扉に背を預けると
       
かお
 傷付いた彼の表情が瞼の裏に甦った。一つ壁を隔てた向こうから嘲笑とも冷笑とも付かぬ

 笑い声が聞こえる。



  きっとこのまま僕達は――

  互いに気持ちを隠したまま、互いに気付かぬ振りをしたままこれからの長い時を共に過

 ごしていくことになるだろう。

  ベッドに顔を伏せ涙に耐えると“彼”に咬まれた左の肩が、痛んだ。












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