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【 ≪異邦の騎士≫のネタバレを含みます/性描写(分類D)
【 不快な表現が多用されております。覚悟の上、御高覧下さい 】


‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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EXTRA STAGE 002-1 / TYPE-S

蜜色のティータイム
みついろのティータイム






     毎年“この時期”が訪れると、

     
必ず彼は“どこか”――――おかしくなる。







  七月下旬のある日の午後。二人きりで過ごしていたティータイムに、突然こんなことを

 言い出した。

 「筆跡ってさぁ……どこまで真似出来るものなんだろうな……?」

 「…………」

  ああ、また彼女のことを考えているのか――と思う。目の前に置かれた紅茶は既に湯気

 も風味も失い、テーブルに頬杖を突くその白い腕の肉も微妙に削げ落ちているようだ。

  頼むから――

  もう忘れてしまってくれ、と思う。もしそれで記憶が消せるのなら殴ってやってもいい

 とさえ思う。
    
 いしおかくん
 「――“石岡君”」
                      
 から
  僕は彼の名前を“言い聞かせるように”呼ぶと空になったまま放置されている自分のテ

 ィーカップを指で示した。瞬間、彼ははっとしたような表情で僕の方を振り仰ぐ。

  少しムッとした。今まで彼はこうして向かい合っていてさえ、眼前に在るはずの僕の姿

 を認めてはいなかったのだ。
                              
  みずおと
  手慣れた仕草で動く両手が白い陶器を飴色に染めてゆく。心地好い水音が幽かに響く。

  こんな時、僕は自分の存在意義を自問せずにはいられない。自分の存在が酷く無意味な

 ものに思えてくるのだ。こんな感情は彼に出逢うまでは知らなかった。僕に不安や畏れを

 与え繰り返す彼に、苛々することが稀にある。

  丁度、この時の僕の気分がそんな感じだった。

  だから僕はつい――愚かな質問をしてしまったのだ。

 「まさか君はあの手紙が本物かどうかを疑っているのかい?」と。すると彼は――
         
 かい                    さっき
  僕に科白の意図を解されたことに吃驚し――いや、もしかしたら先刻の科白自体独り言

 のつもりだったのかも知れないが――小さく「えっ」と呟きながらその顔を上げた。

  彼の中での僕は空気。必要とはしているけれど、普段は意識の不要な存在。

 「――…別に……そんなことは……」

  しかしそう言いながらも彼は“あの手紙”という言葉を自然に受け入れ返事を返してい

 る。やはり彼女のことを考えていたのだ。

  ああ、苛々する、苛々する、苛々する――…

  彼は長い前髪で眸を隠すかのよう顔を俯け、ふっと一瞬だけ苦笑した。

  僕は左拳で頬杖を突いたまま、白いシャツの中にある彼の鎖骨を眺める。

  彼女のことを考えながら、

  僕の為に紅茶を淹れ、

  なのに僕のことなどまるで無視して、

  白という純潔の色を身に纏い、

  無防備にその肌を見せ付けてくる――…



  悪いのは、明らかに――“彼”の方だ。



  僕は意地の悪い右手で彼の手からティーカップを奪い取ると、それをソーサーごと自ら

 の前へ戻し置いた。

  節の高い指先で銀色のスプーンを掴み、耀く先端をカップの淵に宛がう。

  軽く右手を動かすと穏やかな光の充ちたリビングに小さな衝突音が響いた。――カチー
             
 おと
 ン――…なかなか神経に障る音だ。

  何故、彼に対してこんなに惨酷なことが出来たのか――自分でもよく解らない。

 「君の考えていることを当ててみせようか」

 「えっ……?」

  ――カチーン…
                        
かお
  僕はカップをスプーンで叩くと恐ろしい程真剣な表情で彼の双眸を覗き込んだ。それだ

 けで彼は精神状態を危うくさせる。その証拠に僕の行為を煩わしいとも行儀が悪いとも言

 わない。

  僕は構わないと思っていた。例え――彼が、狂っても。

  静か過ぎる室内が時を刻む音までを際立たせている。
      
 りょうこくん
 「君は愛する良子君をその手で殺めてしまった――」

 「――――」

  カチーン……

  瞬間。彼の眸に涙が滲む。黒い睫毛が頬にかかる。
             
あらわ
  僕の言葉一つで彼は絶望を顕にする。何て――面白いんだろう。

 「しかしその良子君は君のことを騙していた――」

  カチーン……

  彼は眉間に皺を寄せ首を振った。
   
みたらい
 「…御手洗、…――」

  やめてくれ、たった一言すら口にすることが出来ないらしい。可哀相だね石岡君――…

 尤もそれが口に出来たとして、僕はやめてあげるつもりもないけどね。

 「彼女の愛が本物だったことを語るのは“あの一通の手紙”だけ。ではあの手紙が“本物

 ではなかった”としたら……?」

  カチーン……

  もう狂気の一歩手前。言えば、彼はどうなるだろう。

 「あの手紙を書いたのは――“僕”だよ」



  ――ガチャン!!



  僕の声を聞くまいとし彼が払い除けたティーカップの破壊音と僕の声とが重なった。

  乱れたテーブルの上に両手を突いて立ち上がり、信じられないものを見るかのように彼

 は真っ直ぐ僕の眸を見つめ返している。愛する者の為に犯罪を犯す男にこそ相応しい――

 綺麗な眼だ。

  普段なら、僕もその耀きを美しいと思えるけれど。でも……

  時折“それ”をもう二度と人など信じられないぐらい醜く曇らせてやりたいと考えてい

 る奴がいるなんて……きっと純粋な君は、思ってもみないんだろうね。
             
 
 ましこしゅうじ
 「君を生かし続ける為に、僕が益子秀司と手を組んだ……」

 「…嘘……だろ……」
             
  おもちゃ
 「彼女の枕元にあったヒヨコの玩具も彼が見当を付けて置いたものだ、彼女の意志じゃな

 い」

 「そんな、…だって良子はあの時、僕の手を……」

 「そりゃ実行したことを後悔している恋愛詐欺の被害者が死に際に現れたら、謝罪の言葉

 ぐらいは遺すさ」

 「恋、愛……詐欺……?」

 「“赤い糸の伝説”だなんて如何にも君が好きそうな少女趣味だと思ってね。……僕が書

 いたにしちゃなかなかよく出来た文章だったろ?」

 「御手洗――…」

  彼はぼろぼろとテーブルの上に大粒の涙を落とし僕の名を呟いた。酷い裏切りを聞かさ

 れて尚、その涙の色は純粋な光を失わない。

  何故ここで哀しみの涙を流せるんだ、怒りや憎しみという感情がこの男にはないのか?

 いや――

  違う。

  僕に対しては怒りも憎しみも彼は抱くことが出来るはずだ。事実、激しく燃えるような

 眼差しで僕を射た過去もあった。ならば何故、今目の前で流れている涙は哀しみの色しか

 宿していないのか? それは――…

  彼女を想い流している涙だから、ということだろう。どれ程裏切られても傷付けられて

 も、彼女のことだけは愛し続けることが出来るのだ。

  死んだ人間は美化される。僕は彼女には敵わない。

  僕は席を立ちカップの破片を拾い上げると低い声色で彼に言った。

 「僕がカップを割ると怒るくせに――」

  呟きながら一歩ずつ、前方へと向かって歩き出す。彼の意識がこちらに戻る。

 「あの手紙を創ったのも君の為、バイクで駆け付けたのも君の為、散弾銃の前に飛び出し

 たのも君の為、全部……君の為……」

 「御…――」

 「なのに君は僕をドライアイスだと言ったり殺そうとしたり、コップを投げ付けてきたり

 ――」

 「…――――」

 「何て……酷い人なんだろうね……?」

  何だか言っているうちに本気で腹が立ってきた。右手に陶器の破片を握り、彼の胸元に

 押し当てる。

  左腕で華奢な背を支え持ち、一気にシャツの布を引き裂いてやった。見慣れているはず
                          
 なま
 の白い肌、しかし、ほんの少し意識を変えるだけでそれは艶めいた媚薬に映る。

  彼の怯えがこちらの苛虐心を一層強く煽り立てた。

 「…何…考えてるんだよ……」

 「――それはこっちの科白だよ……」

  僕に守られて、僕に寄り掛かって、僕と一緒にいて――それなのに。

  君は彼女のことばかり考えて、彼女ばかりを愛して。

  僕はじりじりと追い詰めるようにして彼をリビングのソファに押し倒す。別に彼の身体

 に興味などない。自身を慰めたいとも征服欲を充たしたいとも思わない。ただ――

  彼の関心をこちらに向けたい。そして人を信じきることが如何に危険であるのかを思い

 知らせてやりたい。

  短絡的思考からこう考えたわけではなかった。だが彼は口で言っても僕の言うことなど

 利きはしないのだ。理解はしてもその性質は変わらない――…あんなにまで、酷い体験を

 しておきながら。

  こういう人間はもう一度ぐらい痛い目を見なければ解らないのだ。ならばそれはこの僕

 の役目だろう。

  あの事件には救いと呼べるものが二つあった。逆に言えば彼の精神はそれのみによって

 支えられている。

  一つ目は“彼女の愛”、だがそれを証明する手紙の効力はたった今消えてしまった。そ
                               
 すが
 して残る一つは“僕との友情”、前者が危うくなった今、彼はこれに縋るしかないはずだ。

 だから――

  今から“それ”も奪ってやる。僕にこうされることは、恐らく彼の中では“最大級の裏

 切り”だ。
       
ひと
  もう二度と他人を信じられないようになればいい。そしたら彼は強くなる。もし純粋さ

 が勝てばこの世に絶望するだろうが――もし自死を選んだとしたらそれまでだ。どちらに

 しろ、そんな感受性ではこの先もまた苦痛を味わうに決まっている。

  あれから何年経ったと思っているんだろう、彼も――そして僕も。
                      
ころ
  いい加減、どちらかが行動を起こしてもいい時期だ。迷うことなど何もない。





    **********





  窓から射し込む陽光のヴェールを纏う静かなリビングのソファの上で、彼は声を殺して
                                
 
 泣いている。後ろ手を拘束され敏感な部位のみを曝す彼――普通なら、決して見られない

 光景だ。
                                   
 ひら
  膝の辺りまで下着ごと下げたズボンに足の動きを、両肩に光を浴びる程度に開かれたシ

 ャツの袖できつく両腕の自由を奪われ彼はその頬を涙で濡らす。

  ソファに坐らせたままの体勢で彼の性器を刺激し射精を促すのは簡単なことだった。だ
            
 よご
 がまだ足りない。まだ彼は汚れていない。
  
ひと                              
   も  こた
  他人に触れられるのが随分と久し振りだったせいだろう、初めはなかなかに持ち堪えて

 いたが一度それを越してしまうと精液の流れは止まらなくなった。

  白い肌は仄かに色付き、口から洩れる吐息は熱い。

  男性としての象徴をこれ以上はない形で見せ付けられているというのに、何故か彼の姿

 は遠い昔に意図せず見た成人映画の女優に似ていた。眉根を寄せる程にきつく瞼を閉ざし

 唇を濡らし光らせながら身体中を快感に震わせている――…成程、こういう姿を扇情的と

 言うのだろう。まさかそれを友人に教えられるとは想像もしていなかったが。

  彼の声が聞きたくて僕は手の中の性器を強く握った。しかし表情が苦痛を訴えるだけで、

 唇は堅く閉ざしたままだ。
           
 ひと
  そういえば彼は最低限人が示すであろう反応しか見せてはいない。それに気付いた時、
 
いちじ 
 一時は穏やかに思えていた僕の心にまた苛立ちの波が立ち始めているのを感じた。

 「……そんなに強く咬んでいたら、唇が切れるよ」

 「…――――」

  言うと彼は一瞬小さく唇の音を鳴らし更に強くそれを咬み直す。――意外と強情な男だ。

  僕は左手でゆっくりと彼の中心を扱きながら右の指を二本、強引に唇の中へ押し込んで

 やった。

 「…っぁ…――――は、っ…」
           
くすぐ
  僕の指先で舌が蠢く。擽ったいような気持ちがいいような、少し微妙な感覚が訪れる。

  一度指を抜いてみたら唾液を流し抗議の声を上げたので、面白くなって僕は指の抜き挿

 しを繰り返し始めた。腔内が敏感なのか、直接性器に触れるより口腔を掻き回してやる方

 が解り易い反応を示してくれる。指の数を三本に増やすと苦痛の表情が濃くなった。もう

 ペニスなどどうでもいい。

  彼は乱れ始めた。びくびくと身体を震わせ、僕の指先に翻弄され続けている。抵抗が薄

 れたので指を引くと、彼は力無くソファに背を預け双眸を閉じたまま首を仰け反らせてい
            
 
 た。この様子なら、拘束を解かぬ限り逃げ出すことはしないだろう。
 
   キッチン
  僕は厨房から運び込んだ蜂蜜のボトルの蓋を外すと、中身を彼の口元に振り掛けた。何
            
 わず
 事か言いたげに、彼の唇が僅かに動く。

  何を言おうとしたのかとその顔を覗き込むと、彼は“君がこんな男だとは思わなかった”

 と言い目を細めた。“こんな男”とはどういう意味なのだろう。

  透明の蜜液が白い喉元を伝い、胸の中央へと滑り落ちてゆく。そして酷く単純なことだ
                        
 よご
 がこうした状況を作り出すに至ってようやく僕は彼を汚したような充足感を得た。――


 しかしたら最初からこうしておけば良かったのかも知れない。
                            
 まみ
  しかし即座にいや、そうではないと考え直した。単に蜜液に塗れただけの彼ではここま

 での醜態は作り出せなかっただろうと想像する。
     
 まみ
  排泄物に塗れているからこそ穢らわしいのだ。本来重なるべきではないその二つを身に

 纏っているからこそより醜悪に映るのだ。実際、普段は清潔な彼の汚穢な姿に僕は顔を背

 けたい程だった。そして何故友人にこんなことをするのだろうと、自分自身を不可思議に

 思い少し笑った。

  すると彼は意外にもクッと苦笑し、疲れたような面持ちで僕に言う。

 「――…一体何がしたいんだよ、君は……」

 「――――…」

 「まさか何がしたいのか解らないなんて言うつもりじゃないだろうな……?」

 「…………」
                      
あっけ
  心の中を見透かされたような気がして、一瞬呆気に取られた。しかし彼の言葉は肯定に

 値する程正確ではない、僕は自分のやりたいことは解っている。
    よご
  彼を汚したいのだ。だが――
         
 ざわ               
  えが 
  彼の微苦笑に胸が騒ついた。確かに白い肌は大胆な惨状を描き出してはいるものの、や

 はりこれは“僕の望んだ彼”ではない。

  まだ僕に“友人として語りかけてくる彼”に激しい怒りと厭悪が沸いた。彼はこんな異
      
 なに
 常な行為にも何か理由があるのだと思っている、僕のすることは自分の為になるはずだと

 信じている。僕を心底軽蔑することなどないと、二人の友情が完全な形で壊れることなど

 ないと――…

  その眸が、無言で訴え続けている。

  ――まさか射精を促したのも“恋人がいない友人を慰める為”だったのだと強引に解釈

 してしまっているのではないだろうな。
                                 
 なに
  その瞬間、言い表しようのない不快感に支配されると同時に自分の中で何かが切れるの

 を感じた。
   
 よご
  彼を汚したい――…違う、僕は彼を――傷付けたいのだ。

  気付いた時には、手を出していた。パン! という鋭い音を立て僕の右手が彼の頬を張

 り飛ばす。それ程強くは叩かなかったはずだが、思いも寄らぬ突然の暴力に彼は唇を切っ

 たようだった。しかしそんなことは些細なことだ。
         
 
  彼ははぁっと息を吐くと、少し挑戦的な眼差しでこちらを睨み付けてくる。

 「――…怖いな……」

 「そうかい? その割には随分と余裕があるように見えるんだが」

 「君は僕のことが嫌いだったのか……?」

 「さあ――どうなんだろうね」
                                
 うず
  言いながら彼の手の拘束をきつく締め直すと僕は蜜に濡れた胸に顔を埋めた。少し渇き
                    
こうちゅう
 始めているそれを舌で溶かす。奇妙な感覚が口中に広がる。思い付いて乳首を咬むと、彼

 は不自由な足で僕の腰を蹴り上げた。意地でも声は上げようとしない。

  別に彼の肌を舐めていたいとは思わなかったしその必要もないと判断したので、僕は彼

 の背がこちら側に向くようその身体を転がした。
                               
きたな
  抵抗を示す薄い背にもたっぷりと蜜液を振り掛ける。見るも無惨な汚らしさだった。彼

 自身も相当気持ちが悪いだろう。
                                    
 
  それでも強情に彼は声を殺そうと努めていたが、やがて僕の指が目的の箇所へ触れた途

 端とうとう苦しげな悲鳴を上げた。

 「――…う、ぁっ…痛、…――」

  ――いい加減なことを言う。まだ僕は指に乗せた蜜を彼の肛門に塗っただけだ、痛みを

 感じるようなことはしていない。

  だがそんなことは特別指摘しなかった。どうせこれから本当に激痛を伴うはずの行為を

 するのだ、今から叫ばせておいても大差ない。

  僕は彼を傷付けたかったが、それは身体的な意味合いを含んでのことではなかった。人

 間不信にしたいのならば心だけ傷付ければ充分だ。

  だから多少面倒だとは思ったが、何もしないよりはマシだろうと思い指で彼の秘部をほ

 ぐすことにした。本来性交に使用するべき場所ではないのだ、こんなところに突然生殖器

 を挿れれば大変な惨状を生み出すことは目に見えて解っている。

 「厭、だ…っ……やめろよ、変態…っ……」
                                 
 こうか
  彼はソファの背凭れに顔を、座席部に両膝を沈めたままの状態で陰部を光下に曝してい

 た。後ろで一つにまとめられている手を必死に動かし続けているが、この体勢ではせいぜ

 い腰までにしか届きはしない。

  不自然に折った身体を力任せに押さえ付け僕は指を彼の体内へ潜り込ませる。彼の息遣

 いと悲鳴が見慣れた自宅のリビングをある種の拷問部屋のように見せた。よく考えなくて

 も病気でもない友人の肛門に指を挿し込んでいる僕は異常だ。一体何をしているのだろう

 とも思う。

  しかしこの時の僕は正常な反応を見せている彼こそが滑稽だと思っていた。身体中を、
                        
 よご
 中途半端に身に着けている衣服を体液等でドロドロに汚し苦痛を訴えている彼を見苦しい

 とさえ感じる。指の数を調整し、角度を操作するごとに不平を洩らしながらも拡いてゆく

 身体を浅ましいと感じた。“こんな男だとは思わなかった”――それはこっちの科白だ、

 と。

  だが最終行為に移ろうと彼の腰を引き寄せた刹那、僕は自分こそが滑稽だったことを知

 った。

  今から彼に何が出来るというのだろう、何を彼の体内に挿れるつもりだったのだろう。

 思わず嘲笑を零してしまった、僕のズボンに収まっている性器は勃起すらしていない。

  欲求はあるのだ。僕は彼の精神を壊す為にこの身体を貫きたい。しかしそれは性的欲求

 ではない、だから僕の身体は特別な反応を示していないのだろう。

  さてどうしたものかな、と思った。自身を使って彼を裏切ることが目的なのだ、道具で

 代用したのでは意味がない。

  少し抵抗はあったが仕方がないのでストレートに身体的な刺激を与えてやることにした。
    
 なに
 これから何かを想像したり見たりすることも面倒だと感じたし、そうしたところで大した

 効果も期待出来ないと思ったからだ。

  しかし外部から刺激を与えたところで望む反応は出なかった。こんな時はどうすればい

 いのだろう、経験が豊富ではないので良い考えが浮かばない。

  その時ふと、自分の性器を握っているものが自らの手でなければ少しはマシなのかも知

 れないと考えた。自分の意思により与える摩擦だから快感を呼ばないのだ、予測の付く動
  
 さわ
 きで触られているから期待も思いがけぬ性感も得られぬのだ。
         
 こす
  ならば他人の手で擦らせれば良いのだろうな、と考えた。しかし他人といっても今ここ

 には僕の他には彼しかいない。だが今から彼の手で僕のペニスをエレクトさせてくれと言
     
 
 うのも随分間の抜けた話に思えたし、彼の両手を自由にすることは少し危険であると感じ

 た。すると彼の身体で使える部分は――口だけということになりそうだ。

  性行為の中に舌や唇、歯等を使って性器を愛撫することがあるのは知っている。確かに
               
 こす
 人の皮膚で与える摩擦より粘膜に擦られる方が快感も深く得られるだろう。だが――

  僕は首を傾げた。彼にそこまでさせたいとは思わない。こんな異常な行為を強いておい

 て今更何だと思わないでもないが、これはどうにも惨酷である気がした。まさかしないと

 は思うが、万一咬まれでもしたら厄介なことになる。
  
あっけ
  呆気に取られる思いだった。しかし案外こんなものなのかも知れない――愛情のない相

 手との、セックスなんて。

  ここまでかな、と苦い嘆息を洩らした瞬間だった。
              
やましたこうえん   いえ           みやむら
 「石岡先生――っ! 私この間山下公園の傍で家の鍵を拾っていただいた宮村ですけど―

 ―っ! お留守なんですか――っ!?」



  ドンドンドンドン!


               
 
ドア
  甲高い少女の声と共に、玄関の扉が何度もノックされる。僕は咄嗟に顔を上げた。幸い

 鍵は締まっている。

 「――…ぁ、…く、っ……」

  瞬間、彼は渾身の力を込めるとソファの上で自らの身体を回転させた。一体何をする気

 だ? まさか――こんな姿を曝してまで助けを呼ぶつもりじゃないだろうな?
  あと
  後になって解ったことだが、彼は玄関から見えない位置にと身体をずらしていただけだ

 った。多分、僕は不測の事態に幾分動揺していたのだと思う。
                       ゆか            なに
  逃がしてはいけないと考え、瞬時に両腕で身体を床へと押さえ付けた。そして何か余計

 なことを口走られたら厄介だと思い、彼の唇を自分の唇で塞いだ。

  キスをしている、という意識はあまりなかった。初めは唇を重ねていてさえ、そう呼ば

 れるべき形を保ってはいなかった。だが、こんなことがきっかけとなったのだ。

  彼女が彼を不在と判断し気配を、足音を遠ざけるまでの数分間、僕はずっと彼の口を塞

 いでいた。

  初めは唇を強く押し付けていただけだった。先程から繰り返しているように“口を塞ぐ”

 という表現こそが、最もしっくりとくるような。その時は“こういう場合鼻が高いのも考

 えものだな”などということを頭の片隅で考えていただけだった。行為の意味など思いも

 寄らない。

  しかし息苦しさを感じた彼が舌を動かした瞬間、それは変わった。僕の口腔に温かく濡
        
 
 れた感覚がちらと触れる。何故か胸の奥底がざわざわと疼き始める。
                  
 
  唇を引こうとしているのが解ったので逃がさないよう角度を変えたら、自然、その舌を

 吸うような恰好になった。組み敷いていた身体がびくりと跳ねる。

  僕は少し驚いて一度唇を離した。呼吸もしたかったし、彼の反応も確かめてみたかった。

  僕が瞼を開いた時、一番初めに視界に映ったものは諦めたような彼の泣き顔だった。そ

 して沈黙に耐えきれないとでも言いたげな様子で

 「君が……解らない……どうなっちゃうんだよ、怖いよ……」

  と双眸を閉じたまま呟く。

  今は何故だかそんな言葉を聞きたくないと思い、僕は再び彼に唇を重ねた。すぐに離す

 と、静かな室内に小さな音が響く。

  彼がゆっくりと双眸を開いた。少し困惑したような眸の中に、恐ろしい程真剣な男の姿

 が映し出される。

  ――予感がした。

  僕はきっと、彼と一つになることが出来るはずだと。

  再び唇を合わせる為に顔を寄せると彼は静かに瞼を降ろした。それは受け入れるつもり

 になったからではなく、僕の姿を見たくないのだという気持ちから出た反応らしかった。

  確かめるように、ゆっくりと唇を重ねる。舌先で形をなぞり、それを腔内へと侵入させ
         
 
 る。歯の裏側に軽く触れ舌を吸うと、彼は上体を反らし素直に顎を傾けた。勿論積極的に

 という意ではない、ただ単に抵抗を諦めているだけだ。
       
 
 こうかく                        あいだ
  二人分の唾液を口角から溢れさせ、僕は熱い舌を貪り続けた。随分と長い間だったよう

 な気がするが、それも定かな記憶ではない。

  面白い程の反応があった。思わず噴き出しそうになったぐらいだ。
                                 
かふく
  真剣に唇を重ねながら、僕は心の中でくすくすと笑い続けた。自らの下腹におかしな感
                             
 なに
 覚が駆け巡っている。気持ちがいいような、もどかしいような、何かを出したいような―

 ―とにかくそうした欲求に頭が支配されているのが解るのだ。

  押さえ付ける必要性を感じなくなったので僕が両手を彼の肩と肌へ回した頃だったと思

 う。ふと、彼が苦しがりはあはあと呼吸を乱していることに気付いた。当然と言えば当然

 だろう、身体自体もそれまでに散々弄られているのだ、この状況で全く無反応でいる方が

 おかしい。
     
  さいちゅう    うわごと
  するとその最中に、彼が譫言のようにぽつりと言ったのだ。

 「…――ぁ、はっ、……もう…」

 「…――――」

 「もう、やめ……――厭、だ…――ンンっ……」

  瞬間、より強く唇を押し付けながら色々なことを考えていた。今更厭だと言われてやめ

 るとでも思っているのか、とか、僕は彼の厭がることをするのがつくづく好きな男だな、

 とか。

  そしてその時、何故かそんな彼の様子に僕は心を疼かせたのだ。目の前にいる男が自分

 の友人であることを今までとは違う意味で再認した。そうだ、今僕の腕の中で痴態を曝し
      ・・  
かずみ
 ているのはあの石岡和己その人なのだと。

  思わず微笑した。肌を、表情をぼんやりとした思考で観察する。

  こんなに可愛い人だっただろうか、と思い即座に言葉を打ち消した。“可愛い”という
   
 なに                     まみ
 表現は何か違う。では“綺麗”か? …まさか。体液に塗れたこの醜態を綺麗だなどと呼

 べはしないだろう。しかし僕は今、彼から目を離せない。凄絶、妖艶、可憐――どれも違
       
 なん
 う。これは一体何なのか。

  そもそもそうした“女性的な印象”というのは彼からは少しも発されていないのだった。

 これも一種の“男の色気”とでも呼べば良いのだろうか。

  そして今度こそ僕は声を出して笑った。そうか、僕は彼に“色気”を感じていたのか。

 それは気付かなかった、だから体内にも反応があったのか。

  僕はくすくすと笑いながらとうとう下着ごとズボンを引き下ろした。…成程、人間の身

 体というのはよく出来ているものだなと改めて感心する。
                                
 くう
  彼は唇の端からどちらのものとも解らぬ唾液を流し、ただぼんやりと空を見ていた。放

 心している風だったから特別な反応はなかったが、下半身を曝しながら笑っていた僕の姿

 は結構気味が悪かったろうと思う。

  時間が空いてしまった為もう一度彼の身体を拡こうと指を挿れた瞬間、苦痛を訴えるよ
   だんせい 
 うな男声が明るい室内に響いた。

 「――…痛い?」

 「…う、…ぁっ…――あぁっ…」

 「…痛いよね」

  ――でもこれからもっと痛いことをするんだ、僕の為に耐えてね。

  僕は彼の身体をほぐしながら自分の性器の硬さを確認した。今一つ解らない感覚だが、

 この状態を維持させることは至極簡単に思える。

  かなり彼の身体に無理をかけることになるがこれ以上の準備は出来ないと判断し濡れた

 自身を一気に体内へと叩き込んだ。目の前の男が上体を反らし聞いたこともないような絶

 叫を上げる。そんなに痛いのだろうか、と思い二人が繋がっている箇所へ視線を移した。

 ――…痛くて当然か。

  しかし彼が悲鳴を上げるのを聞いた刹那、僕は胸が痛むと同時に“ああこれだ”と満足

 もする。
                      
 なに
  僕を体内に受け入れた瞬間、彼の中で明らかに何かが変わったはずだ。今までの行為に

 対する衝撃など比較対象にもならない、強く激しく、あらゆるものに絶望を感じたはずだ。

  彼は今、誰のことを考えているだろう。それは――この僕以外では有り得ない。
                
 なに
  勝った、と心の中で呟いていた。何に対してそう思ったのかは、解らなかったけれど。

  だが――

  僕がそう思った直後、掠れた声が信じられないことを言った。

 「――…こ、……」

 「……?」

 「…りょ…こ…――愛して…、…っ…のに……」



  ――…何、だって……?


      
 なに
  心の奥で、何かが崩れた。頭の中でファイリングしていた書類が何者かによって掻き乱

 されてゆく気配――考えるべきことが解らなくなってしまう。
      
 なん
  この男は今何と言った? “良子”? “愛してるのに”? 訳が解らない。何故こん

 な時に彼の口からそんな科白が出てこなくちゃならない?

  苛々した。理由は解らないが、自然と精神が狂暴になってゆく。
              
 
  彼を楽にしてやりたくて息を吐くことを教えるつもりだったが、僕はその言葉を呑み込

 んだ。

  すっと下身を引くと彼の腰を支え直し、もう一度強く深く同じ場所を打ち付ける。ゆっ

 くりと抜き挿しだけを繰り返し始めると、案の定出血の兆しが見えた。しかしそんなこと

 はもう気遣えない。

 「…ぁっ、あ…――良子…っ、良子……」

  涙を流しながら何故か彼女の名を呼び続けている。まさか想像上で彼女に抱かれている

 わけではないはずなのに。この科白は何だ? この強情さは何だ?

  愛する女のことを考えながら信じた男に犯されるというのは一体どのような気分なのだ

 ろう――訊ねてみたいと一瞬思ったが、彼の声がそれすらも掻き消してしまう。

  ああ、前々から思っていたけど君は本当に僕を苛々させてくれる人だよ石岡君――どう

 して僕は君と一緒にいたいなんていう錯覚を起こしたんだろうね?

 「――…く、っ…んっ、…ぁぁっ…――」
                 
  だんせい ほとばし
  僕が腰を突き挿れる度に耐えるような男声が迸る。――うるさい。

  僕の名を呼ばない口など塞いでしまおうかと右手を彼の顔に近付けた瞬間だった。

 「…何で……離れられないんだ……」

 「…えっ……?」

 「君なんか…嫌いだ、本当に…――こんなことする君なんて……大嫌いだ……なのにどう

 して…っ――離れられないんだよ…っ……?」

 「…………」

 「ちくしょ…っ……ちくしょうっ…――あっ、はあっ……」

 「――――…」
                 
 あと
  一瞬驚いて彼の言葉の意味を考えた後、僕は苦笑し行為のスピードを速めた。

 「…――あっ、あああああッ! 莫迦野郎、お前なんかもう…殺してやる……殺してやる

 っ…――ぁ…っ!」

 「やってみろよ……」

 「もう絶交だ――…はッ、…もう……友達なんかじゃ……」

 「結構だよ。絶交して君が僕のことを忘れられるというのなら、そうすればいい……」

 「…あっ、は…――最、低男…っ……嘘吐き……悪魔ぁ…っ……」

  彼の声を聞いているだけで気が遠くなる程の快美感が波のように押し寄せてくる。何だ

 ろう、これは……一体、何が僕をこうさせるんだろう。

  腹が立つ男だと思う、本当に。――でも君は。

  机上では学べないことを、沢山、教えてくれる――

 「信じられない……は、ぁ……信じられない……――君が……こんな、勝手な奴だったな

 んて…っ…――」

 「――僕だって信じられないよ……口汚くて、厭らしくて……」

 「…――ぁ…――」

 「君が、こんなにも――…ッ…」

 「――――…っ!!」

  僕を、悦しませてくれる人だったなんて――ね。
  なに 
  何かに引き寄せられるような浮遊感と同時に僕は彼の中で吐精した。途端に身体中の力

 が抜け、彼の胸部へ額を落とす。
    
あいだ
  暫くの間二人共が肩で息をしていたが、僕が身体を起こすと彼は枯れたような声で呟い

 た。

 「――…出て行けよ、莫迦野郎……」
                     
 いえ
  一瞬、茫然としていたのではないかと思う。家のことを言われているのだと思い反射的

 に身構えたら、彼はこちらをきつく睨みながらこう付け加えた。

 「聞こえないのか? 抜けって言ってんだ。…もう用は済んだろ」

 「…あぁ……」

  挿入したままの状態だったのか。気付かなかった。僕は彼からそうっと抜け出し、つい
   
うで     ほど
 でに両腕の拘束も解いてやった。

  逃げるか反撃するかと考えていたが、彼は顔前で両手首を交互に握り相変わらずその身

 を横たえている。
    
 ゆか                   
  両手を床の上に投げ出すと首を真横に折り溜め息を吐いた。身体を隠す気力もないらし

 い。

  僕がふと思い付き浴室から持ち出したバスタオルを掛けてやると、今度は「一体いくつ

 洗濯物を増やしてくれるつもりなんだ」と怒られる。厚意だったのだが。
                 
 よご
  彼はバスタオルを足で蹴り上げると汚れた口元を拭い無言で浴室へと入っていった。僕

 は一体どうすればいいのだろう。





    **********




              あいだ
  彼がシャワーを浴びている間に色々なことを考えた。僕がやりたかったこと、やってし
            
さいちゅう
 まったことや、彼が行為の最中に口走った科白について。
                            
いま
  しかし考えれば考える程に答えは見えなくなっていった。現在僕の頭を占めているのは

 彼との行為の内容だけだ。
     
  キッチン
  リビングと厨房の小物類を適当に片付け、さてこのソファをどうしてやろうかと考えて
          
 ドア 
 いた頃、静かに浴室の扉が開いた。つい数分前まで僕のものと重なっていた唇がゆっくり

 動く。

 「――嘘吐き」

  ――…何?
  たち 
 「質の悪い嘘吐きやがって……信じるところだったじゃないか」

  …だから何をだ? 彼は何を言ってる?

  僕がテーブルの傍にぼんやりと佇んでいると、清潔な下着と綿シャツだけを身に着けた

 彼がつかつかとこちらへ歩み寄り僕の頬をバシッと叩いた。――手加減したことは認める

 が、それでも結構痛い。

 「石――」

 「自分のやったことを自覚しているのかどうかは知らないが、相手が僕じゃなかったら今

 頃君は死んでるぜ」

 「何で…――」

 「何でだって!? そりゃこっちの科白だろう! とにかく良子に謝ってくれ、あの手紙は

 本物なんだから!!」

 「…は……?」

  解らない人だ。そして“また彼女のことを考えているのか”と幾分僕はムッとする。

 「――…レイプされたことは怒らないのか?」

  彼はきっと僕を睨んだ。唇を軽く咬み締め、鋭い口調で怒鳴り付ける。

 「怒ってるよ!! 当たり前だろう!? でもその話は後だ! まずは良子に謝れ!!」

 「…謝れったって……」
        
  キッチン
  僕が拍子抜けして厨房の椅子に掛けると、彼はテーブルに手を突き真っ直ぐこちらを見

 下ろした。何だか親に叱られている子供の心境になってくる。

  僕が口を噤んでいると彼は呆れたように嘆息した。そして小さな声ながらも言い聞かせ

 る語調で呟く。

 「――傷付いたよ……」

 「――――…」

 「もう何も信じられなくなった。この世に絶望した。死のうかと思った。一瞬だったけど

 ね」

 「…………」

  その瞬間、ああ、と思った。そうだ、僕は彼を絶望させたかったのだ――傷付ける為に、

 裏切る為にあの行為を実行したのだった。

  しかし目の前の彼はまだ僕を友人として扱っているように見える。やり方を間違えたの

 だろうか?
               
さっき
 「――良子の手紙は本物だよ。先刻気が付いて確信したが、あの手紙には僕達二人しか知

 らないはずのことが書かれていた。僕は彼女を愛しているよ。例え彼女の心が僕になかっ

 たんだとしてもね」

 「…………」

  きっぱりとした口調でそう言い切ると、彼は唇の端を吊り上げ苦く笑った。
    
くや
 「――口惜しいかい?」

 「……?」

 「今、とっても不快だろう」

 「…ああ…?」

 「哀しいだろう?」

 「…………」

  彼はどこかしら得意気に双眸を細めると人差し指をこちらに向けおかしなことを言った。

 「どうやら君はまだ気が付いていないようだから教えてあげるけどね御手洗君――君は、

 僕のことが好きなんだよ」

 「…………」

  意味がよく解らなくて僕は彼の顔を見つめる。

  ……何だって?

 「好きなんだよ。解る? 多分――愛してるんだ、僕のことを」

 「――…はっ…」
                              
  ざれごと
  僕は少し笑った。全く、何を言い出すのかと思えば。自意識過剰の戯言か?

 「何で、そんなこと…――」
                       
さっき
 「理由は僕も知らないよ。でもそうなんだろうと先刻解った。君は良子のことを考えてい

 る僕を嫌う。自分に関心を寄せない僕に苛立つ。でもそれは単なる自己顕示欲じゃないは
                
 ひと
 ずだ。例えそうだったとして、普通人は同性の友人を犯しはしない」

 「――――」

  …今一つ、説得力には欠ける気もするのだが。

 「――…ああもう、仕方ないな……」
     
 しか      ゆか
  彼は顔を顰めつつ両膝を床に突き、目線を合わせるように身体を伸ばすと僕にそっと口

 吻けた。湯上がりの上気した感触が幽かに伝わり、熱い舌先が僕の唇を割る。

  一度だけ柔らかく僕のものに絡み付き、それはすぐに口内を去った。心地好さを味わっ

 た分だけより寂しい。取り残されたような気分だ。
      
 あと
  唇を離した後ぼんやりとしている僕に向かい、苦々しい顔付きで彼は言った。

 「……解った?」

  ――解らない。

 「…今のだけでは何とも言えないよ。もう一度、してみてくれれば――」

  思い付いたままの感想を口にすると、彼はまた乱暴な手で僕の頬を打った。
                         
さっき
 「調子に乗るなよ、もう二度とさせるもんか莫迦!! 先刻のことだってどれだけ辛かった

 と思ってるんだ、知りたいなら同なじ目に遭わせてやろうか!?」

 「それは…――」

  それは結構――厭だな。

  彼は音を立てもう一つの椅子に掛けると“しまった”という表情で一瞬苦痛を洩らした。

 あんなことを言っておきながら身体が痛むことを忘れていたらしい。

 「あぁもう腹が立つ!!」

  彼は頬杖を突きながらテーブルの脚をガタンと強く蹴り飛ばす。前々から思っていたこ

 とだがこう見えて彼は結構な荒くれ者だ。

  誰に訴えているつもりなのか、突然彼は隣家に聞こえるのではないかと思うような大声

 で叫び始めた。

 「僕は良子が好きなんだ! まだ忘れてなんかいないさ、愛してるからな! 別に御手洗

 なんか好きじゃないよ! って言うかはっきり言ってこんな奴嫌いだ! 自分勝手だし、

 意地は悪いし、嘘吐きだし、厭味だし――…」
  わめ
  喚きながら何故かぽろぽろと涙を零し始めた彼に驚き、僕はふと目から鱗が落ちるよう

 な気分を味わった。“可愛い”……のかも知れない。

  僕は生まれてからの生活が少し変わっていたせいか、人より随分と早く自立することを

 憶えた。人は物理的にも精神的にも一人で生きてゆけるのだと、その方が強い人間になれ

 るのだと、そう考えて生きてきた。だけど、それは――

  間違いだったのかも知れない。理論が間違いということではなく、その感性を自分のも

 のだと信じていたこと自体が。
     
ひと
  確かに他人の手など借りず独力で生きてゆける方が強い人間ではあるに決まっている、
                              
 
 しかし――“弱い人間”が間違いなわけじゃない、“弱い人間”は決して醜くもなければ
 あく
 悪でもない。

  別にいつも強くなくていいのだ。だからこそ“人間”なのだ。誰かと互いを支え合い生

 きてゆくことは全然悪いことじゃない。僕は無意識のうちにそうした人を捜し出し実行も

 しておきながら、そのことに今まで気付いていなかった。

  僕は彼のことが好きなのかも知れない。いや――好きなのだろう、と思う。彼に言われ

 るまでそんなことは思ってもみなかったが、成程そう認めてしまえば辻褄の合うことが沢

 山あるのだ。だから時々彼の一挙手一投足に僕の機嫌が左右されていたのか。知らなかっ

 た、知らなかった。

  目の前で泣いている青年が勢いを失った語調を次々とテーブルへ落とす。

 「嫌いなんだ、煩わしいんだ、一緒にいると腹立だしいんだ、なのに――」

 「――――…」

 「…あぁ、もういいよちくしょう、僕が我慢すればいいんだろ、厭だけど出て行かないよ

 ……お前なんか大嫌いだけど、一緒にいてやるよ……」

  僕は彼の顔をじっと見ると、おかしくなって少し笑った。よくは解らない感覚だが――

 多分、僕は幸せ者なのだと思う。

  ――本当はここにいたいんだろう? 僕と一緒にいたいんだろう?
                
すんで                

  思わず口から出かけた言葉を僕は既で呑みこんだ。意地になり本当に出て行かれたらそ

 れこそ大変なことになってしまう。
                                  
 さわ
  僕が柔らかな頬に伝う涙を親指の腹で優しく拭うと、彼は拗ねた口調で「触られたくな

 い」と呟いた。本気でないことは解っていても少し傷付く。

 「……赦してないんだからな」

 「あぁ、そりゃまぁ、そうだろうけど……」
               
もの                  なに
 「当分家事はしない、でも変な食物喰わせたら承知しない。掃除も洗濯も何か駄目にした

 ら全部二倍にして弁償して貰う。気に障ることを言ったら即刻出て行く。良子に謝れ」

 「……ごめん……」

 「良子にだぞ」

 「…良子君、ごめん……」

 「――…ま、いいよ。あの手紙のことを疑ったのは元はと言えば僕の方だし。だからって

 吐いていい嘘じゃないが――君の気持ちも、解らなくはないし」

 「…………?」

 「僕のことを好きじゃなくても、大抵の奴は苛々して当然だと思う。と言うより――好き

 じゃなかったら、もうとっくの昔に“いい加減にしろ”って殴られてるだろうな。君はあ
                     
 ほう
 のことを知る友人として相当耐えてくれている方だと思うよ。でもね、解ってはいるけど、

 どうしても……忘れられないんだ――…」

 「――――…」

 「僕の方が酷い男かな? 彼女への想いを盾に都合のいい友情を保とうとしてるんだけど」

 「――ああ、全くだ。大変なプレイボーイだな」

 「どちらがいい? 君としては」

 「正直どちらも気に入らないが……ま、ここを出て行かれるのは困るね」

 「じゃあ友人としてここにいてやるとするか――今日の君の罪も、警察には訴えない。…

 良かったね、犯罪者にならずに済んだよ」

 「……何を言ってるんだ、僕はもうとっくの昔に犯罪者だぜ? 例の事件で君を見逃して

 いる時点で既にね――あれは立派な殺人幇助だ」

 「ああ、本当だ。僕達二人共犯罪者なんだ?」

 「とんでもない探偵と探偵助手だな」

 「ははははは……」
                                 
 のち
  彼は涙の痕が残る顔に複雑な微笑を浮かべ、ゆっくりと視線を落とした後に思い切った

 口調を放つ。

 「――…ごめん、あの時コップ投げ付けて、…ドライアイスだなんて言って」

 「――殺そうともしたよ」

 「…ああ、そうだったね、ごめん」

  彼は付け加えたが僕は謝罪になど興味がないと眼前にある顔の造りを観察していた。さ

 らさらの髪に白い肌、いつも人を真っ直ぐに見つめる眸――ああ、流石は僕だ、無意識に

 好みの外見の人を選んでいる。…いや、別に同性が好きだという意味ではないが。どちら

 かと言うと彼は“見ていたい顔”の枠内にきっちりと嵌まり込んでいる。

  ――諦められないな、と思った。きっともう僕の心をこれ程動かす存在は現れないだろ

 う。

  また諦めたくないな、と思った。こんな僕にだからこそ一つぐらい“勝てないものや怖

 いもの”があった方が多分いいのだ。

 「――服はともかく問題はあのソファをどうするかだよな。ああもう、せめて違う場所で

 やって欲しかった……」

  聞きようによってはドキリとするような発言を残し席を立つ彼を見つめ、僕は切なく嘆

 息する。ごめんね石岡君――もう、傷付けようとしないから。



 『じゃあ友人として傍にいてやることにするか――』


  
さっき
  先刻の科白を思い起こして、僕はくすりと苦笑を洩らす。

  ありがとう石岡君、それじゃあお言葉に甘えて“友人として”傍にいさせて貰うことに

 するよ。

  今のところは――……だけどね。











意図して“初めて書いた裏小説”がこれ。
いきなり強淫かよ御手洗……あまりにも堂々と色々表現してくれて
寧ろ厭らしくも何ともないよ……というのが執筆時の主な印象でした。
大まかなアウトラインだけを決めて下書きを始めたら
途中で彼がエレクトしていないことに気が付いてどうしようと悩まされたのが
今となってはいい思い出です(←ちょっと笑い話:笑)。
良かったねぇ、最後まで犯れて(←「いいわけねぇだろ!」石岡氏・談)。
男性的な男性同士の濡れ場が書きたかったんですけど……
石岡君、酷いことしてごめんね☆




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