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【 ≪異邦の騎士≫のネタバレを含みます/性描写(分類A)
【 ≪異邦の騎士≫と併せてお読み下さい 】


‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖


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愛情系 001-1 / TYPE-C

彼女の思い出
かのじょのおもいで






  誰もいないロマンティックな海を舞台に二人の男が立っていた。一人は長身の個性的な

 ハンサム、そしてもう一人は華奢な色白の美形だ。

  背の高い男が冷たい頬にそっと触れると、それを合図と察したように青年は瞼を閉じた。
                             かお
 二人は一瞬だけ羽根のようなキスを交わすと、怖い程真剣な表情で互いの眸を見つめ合う。
                                
 
  波の奏でる音楽を遠く聴き青年が薄く唇を開くと、男は強く彼の背を抱き再び口腔を貪
   
 わず
 った。僅かに覗いていた舌先を探り自分のものと絡ませる。

  互いに熱を分け合いながら翻弄され、蹂躙する。
   
みたらい
 「…御手洗……」
  
 いしおかくん
 「…石岡君……」
                      
 つや
  吐息を濡らし愛を交わす二人の影は、やがて、艶やかに耀く月の光に包まれて――…







 「…いやぁ――――っ!」

  自分の叫び声で、目が醒めた。

  何、何何、何なの今のは!?

  御手洗同人やってる女の子の九割は涙を流して喜びそうなシチュエーションだったけど

 ――確かに私も一瞬くらっときちゃったことは認めるけど――…でも! こんな映像、私

 にとっては悪夢以外の何物でもないわ!!

 「ああ、また始まったか、もうこの手のパロディ五十は見たよ」と考えたそこの貴方、こ
          
  まつざき
 ういう想像が全てレオナ松崎の専売特許だと思ったら大間違いよ?

                               かずみ
  あの二人がいちゃいちゃくっ付いてる場面を見たくないのは石岡和己の内縁の妻――こ
   
いしかわりょうこ
 の! 石川良子も同じなんですからね!





    *****




               
 おっそ
 「それにしても――…はあぁ〜、遅いなぁ〜……」

  もう夜の九時近くよ? あの人の好物の水炊き作って待ってるってのに、どうして帰っ

 てこないのよ〜?

  ンもう……

 「まぁ〜たおトイレさんのところなんでしょ、どうせ……」

  だってあの人の職業はイラストレーター。編集者との打ち合わせでもない限り、外へ出

 なければならない用なんてないはずだもの。





    **********




  
  けいすけ
  私が敬介さんと出逢ったのは忘れもしない一九七八年の三月十八日。私が夜道で酔っ払

 いに絡まれていたところを、彼が助けてくれたの。

  ――…いや、本当は助けてくれたって言うか……“ああ、女の子が絡まれてる。助けて

 あげたいけど腕力に自信ないしなぁ。どうしよう……誰か助けてあげてくれないかなぁ”
   
かお
 って表情してぼさっと突っ立ってただけなんだけどね?

  思い切って私が

 「一目惚れって信じる――っ!?」

  って叫んだら

 「――信じるよっ!!」
                                  
 あと  まち
  って返事しながら右拳を相手の顔のど真ん中に叩き込んでくれたの。その後『湯の町エ
                               
 ボコ
 レジー』がどうのとか言ってた全く関係のない五十絡みのオッサンに殴られて最後には路
                       
 いえ
 上に吐いちゃったりもしてたけど、とりあえず私の家で傷の手当てをしていたら何となく

 付き合うことになっちゃった。きっと運命だったのね

 「お名前、何と仰るんですか?」

 「え? 名前……」

 「そう、だって私達初対面だから。私は石川良子、貴方は?」

 「僕は石岡和己っていうんだけど」

 「まあ、素敵なお名前ですね でも私は介の付く名前が好きなの、だから敬介さんって

 呼んでもいいかしら?」

 「ああ、別に構わないよ。名前なんて下足札みたいなものだしね☆」

  そういうわけで私は彼のことを敬介さんって呼ぶことにしたの。最後の言い草には何と

 なく気に喰わないものを感じたけど彼って超好みだったからまぁ、いっか

  で。結局そんな演出臭い出逢い方をしちゃったもんだからお互い盛り上がるのも早くて、

 とうとう彼は一人暮らしをしていた西荻窪のアパートを解約して私と同棲なんてし始めた。

 どうでもいいけどこの人夜の街で知り合った女と勢いでこんなことしちゃって、もし私が

 悪い女だったらどうするつもりなのかしら……我が恋人ながら、ちょっぴり不安になる。

  ――とまあ、それはともかく。

 “絵描きとホステス”なんていう一昔前のメロドラマにありがちな面白カップルだったけ

 ど誕生日には彼から『アラベスク』のレコードをプレゼントして貰ったりして、私は結構

 幸せだったわ。

  なのに。

  その誕生日の夜に……彼が突然、大変なことを言い出したの。





    *****





 「五月二十四日か、フタゴ座だな」

 「そう、よく知ってるのね」

  確かに大して考えもせずすっと星座を口にした彼に少しは驚いた顔を見せたわよ? …

 …でもね。

 「あれ、五月二十四日といえば境目だよな。どうして僕、君がフタゴ座だってことすぐに

 解ったんだろ? …――あっ!」

 「な、何……?」

 「――凄い! 凄いよ良子! 今試しに考えてみたんだけど僕その先の十二宮もスラスラ

 思い出せるんだ! ちなみに僕はテンビン座なんだけどね! いやぁ、女の子ならともか

 くさ、男でこういうのもちょっと珍しいよな! もしかしたらかなりの通じゃないのか!?」

 「…………」

  ……はっきり答えていいかしら、別にその程度なら“通”って言う程じゃないと思うわ。

 だって貴方ちょっぴり乙女気質なトコあるから、一般男性よりも占いとか気にしてそうだ
       
さっき
 もの。しかも先刻から片仮名表記なのも異様に気になるし……サソリ座とかテンビン座、

 漢字でちゃんと書ける? って言うか。

  敬介さんって微妙に自分を勘違いしていると言うか……こういうとこ、あんのよね。器

 用貧乏、って言うの? 中途半端にインテリ・ミーハーだったりピラミッドに詳しかった

 り数字パズルを集めてたりするけど、実際にその知識が役に立っている気配はないと言う

 か――…あっ、こんなことばっかり言ってると全国一億二千万人のカズミストに怒られち

 ゃうわねッ☆

 「なあなあ、どう思う? もしかしたら星占いの才能とかあるかも。そういやたまに乗る

 電車の窓からさぁ、変な占星学教室が見えるんだよ。あれ何て読むのかなぁ……ずっと気

 になってるんだけど」

 「せっ、占星学教室!? 何しに行くの!?」

  やめた方がいい! 専門家のところへ行ってどんな豆知識を披露しようって言うの!?

 恥をかくだけだわ!

 「良子もさ、女の子なんだからちょっとは興味あるだろ? 占い。あの看板の名前みたい

 なヤツ、何て読むのか知りたいし」

 「いや、それはその――…興味ない」

 「ん?」

 「別に興味ない。って言うか全然興味ない。そんなところに行ったってどうせ変なおジイ

 さんにしか逢えないわよ?」

 「そうかなー、面白くないかな?」

 「面白くない! 時間を無駄にするだけよ、絶対よ!」

  何だか占星術というもの自体に私は一種の嫌悪感を憶えた。自分が関わるのも厭だった

 し、彼にも関わって欲しくなかった。だから――必死で止めたのに。





    *****





  あの人ったらその翌日についふらふらとその占星学教室に行っちゃったらしいの。そこ

 で御手洗何とかっていう妙な男と知り合いになっていきなりレコードまで借りてきたって

 いうんだから危なっかしいと言うか何と言うか……敬介さん、子供の頃に誘拐とかされた

 経験あるんじゃないかしら。

 「いやー、看板を綱島の駅付近で見かけたからそこで降りてみたんだけどさ、その占星学

 教室えらく解りにくいところにあったんだよ。駅からかなり距離があって随分歩かなくち

 ゃならなかったし、いざ道を歩いてみると何故か電車から見えてた看板は消えちゃうし…

 …おまけに人に尋ねても、誰も知らないって言う」

  だったら引き返してくれば良かったじゃないの!

 「迷いに迷ってようやく古いビルの一階郵便受けに『御手洗』って文字を見つけたのは、

 もうこんなことはやめて帰ろうと十回も考えた後だったよ。郵便受けの部屋番号で占星学

 教室が五階にあるらしいことは解ったんだけど、捜してもエレベーターはないし。それで

 仕方なく階段を上がったんだけど、そのビル、上に行く程ますます古ぼけていくんだよね。

 そして『御手洗占星学教室』と麗々しく書かれてたドアの前で、それは最高潮にまで達し

 た」

  だからどうしてその時点で引き返してこなかったのかって言ってんのよ! 大体何?

 十回ですって? 普通三回も考えれば充分だわよ! 体力ないとか言いつつどうして五階

 まで昇ってやろうなんて思ったの!? そのパワーの源は何なのよ!
                
 ちょうつがい
 「ドアはかしいでいるような印象で、蝶番の辺りなんかほとんど腐っててさ。最早骨董品

 を通り越して遺跡の発掘物みたいだった。ノックすることも躊躇ったよ。今にも壊れそう

 だったからね。

  で、ドアの前で暫く考えて――やっぱり帰ろうかと思った。何だか中にどんな人間が棲

 んでるのか想像したら、薄気味悪くなっちゃってさ……結核病みの乞食老人くらいだった

 らまだいいけど、水晶の玉を抱えた魔法使いの老婆とか、牙を唇の端から覗かせた吸血鬼

 みたいなのが潜んでてもおかしくない雰囲気だったんだ。だから」

  ああ、一見穏やかそうに見えて結構辛辣なのは相変わらずね、敬介さん。それより――

  貴方は一体どんな環境で育ったの? 魔法使いだの吸血鬼だのアゾートだのUFOだの

 ……いい歳した大の男が信じるようなことじゃないでしょう……。

 「実際、本当に帰ろうと思ったんだよ。やはりよそう、って気弱にそう呟いた後、回れ右

 をして三歩階段の方へ向かいかけた。でもその時、ドアの中から咳払いの声が聞こえてき

 たんだよね。気難しい老人の声みたいな。で、まぁいい気分じゃなかったけど、少なくと

 も中に人間がいるのが解った途端、何となく安心して。

  ……気が付くと、扉を叩いてた。理由は自分でも、よく解らないんだけど……」

 「…………」

  敬介さん、それはね……、……それは……

  その御手洗何とかっていう男の計算なのよ――!!

  だってタイミングが良過ぎるもの、私なんかこうやって話を聞いてるだけでも違和感を

 感じる。きっとその男は五階の窓から貴方のこと見てたわよ、絶対そうよ!

  ビルを捜すまでにその周辺をぐるぐる廻ってたんでしょう? 貴方そういうところも鈍

 そうだから、それをその男に見られてたんだわ。そして自分のところの客だと目を付けた。
                              
 のが
 ソファも何もかもボロボロだったんですものね、そりゃあ収入源は逃したくないはずだし

 …――ん? あれ、違うわね……『友人になりませんか』って言われた? …いや、でも
          
 たち
 それならそれで却って質が悪いんだわ、貴方ちょっと不自然なくらい急激に彼に気に入ら
                                   
  まじな
 れ過ぎだもの。……ちょっと……その男メチャクチャ怪しいわよ、占いどころか呪いで貴

 方を部屋まで呼び寄せたんじゃないの!?





    *****




                            
 いえ
  ――私はとにかくその男が気に入らなかった。だってずっと家にいてくれた、傍にいて

 くれた敬介さんが毎日のように彼のところへ行っては夜になるまで帰ってこなくなったん

 ですもの。

  って言うか二十七歳の男が二十九歳の男のところへ遊びに行っててね、それも、毎日の

 ように。
                 
 はな
  ――何しようっての? 本当にただ話してるだけなの? 出逢ったばかりでそんなに共

 通の話題ってあるものなの? …とか考えちゃうわけなの、私としては。しかも諄いよう

 だけどほぼ毎日のように自分のところを訪れる男を薄気味悪く感じない御手洗さんも御手

 洗さんなら、変な奴とか言いつつひょこひょこ彼の元へと通い詰めてる敬介さんもやっぱ

 りおかしいと思う。敬介さん、貴方――冗談抜きでその男に魔術でもかけられてるんじゃ

 ないの?

  だから、とうとう私は言ったの。

 「どうして敬介さんこの頃外出が多いの?」

 「え?」

 「毎日そのおトイレさんのとこに行ってるの?」

 「おトイレさん……」

 「私といるより楽しいの?」

  って。そしたら彼、何て答えたと思う?

 「いや、別にそういうわけじゃない。比べられないよ」

 「…………」

  ……何で比べられないのよ――っ!? しかも悩まず即答! 貴方は私の夫じゃないの?

 それとももう心は御手洗さんの妻なの? 普通は嘘でも「君の方がいいよ」ぐらいは言う

 でしょう!? 何でそんなに正直なのよ!





    **********





  ――なのに。どんなに拗ねてみせても敬介さんは御手洗さんのところへ行くのをやめよ

 うとしない。こうして心の妻が夕食を用意して待っている今日も帰ってこない。聞けば、

 もう寝室の位置まで知っているのだそうだ。「どうして貴方がそんなこと知ってなきゃな

 んないのよ」――本当は喉まで出かかってたけど我慢もしてたのよ。……でも。

  やっと帰ってきた敬介さんは右手に見たこともないギターを持っている。そして……

 「ただいま良子! なあなあ、あいつのギター凄いんだぜ!」

 「…………」

  ――帰ってきた途端に、またあの男の話を始めた!

 「僕今日、本当の音楽を聴いた気がするよ。自分のすぐ目の前で音楽が創られるのをね。

 あそこは、御手洗ギター教室の看板も出せばいいんだ。ちゃんと今度は仮名を振って」

 「…………」

  私は決意したわ。こうなったら――

  私が御手洗さんに会わないわけには、いかなくなっちゃったじゃないの!





    **********





  翌日、私は敬介さんに連れられて綱島へと向かった。話題の雑居ビル、本格的にボロボ

 ロで悪意なくビックリしちゃったわ。

  御手洗さんは私が来たことを知らないものだから、だらしない恰好で新聞を読み耽って

 た。

  ――…ああ、この人が……本当に片方眉毛上がってる感じね……――いやいや、そうじ

 ゃなくて。

  …まぁ確かに、不細工じゃないわよ? 足は長いし、イイ男の部類には入れてやっても

 いいと思う。でもなぁ……

  私はやっぱり“個性派ハンサム”より“芸術家風優男”の方がいいのよね。そういう事

 情から考えても、敬介さんって本当にお買得だったと思う。だけど――

  …何が気になるって、私がちょっとムッとするのはこの二人の男の絶妙なバランスだわ

 よ。何、この程良い身長差は。同じ痩せ形でも“逞しい系”と“儚い系”にちゃんと種類

 が分かれてるし、こっちが色白ならあっちは健康的に浅黒い。何となく外国人風なのは敬

 介さんが純日本風なのに対抗してるみたいで更に腹が立つ。しかもこっちが直毛ならそっ

 ちは癖っ毛ってわけ? 並ぶと絵になるように設定されてるボーイズラヴ系の主人公みた

 いじゃないの! ついでだから言わせて貰うけど“二つ差”っていうこの微妙な年齢差も

 気に入らなければ敬介さんが“和己”なんていうパロディで女名に使えそうな名前の持ち

 主なのも気に入らない。もしこれで敬介さんが実は家事向きな男だったり性格的にロリシ

 ョタ的なものが出てきたとしたら私は二人を失楽園心中に見立てて殺すわよ。

  ――とまあ一瞬のうちに色々考えたんだけどそんな気配は微塵も見せず、私は御手洗さ

 んに挨拶をした。

 「こんにちは」

 「これはこれは、良子さんですね。こんにちは! よく来てくれましたね。貴方の噂は彼

 から毎日聞かされてます」

  あらまぁ、強がっちゃって☆ 私を見た時ぎくっとしたでしょ、見逃さなかったわよ。
   
くや
 あと口惜しいから言わないけど貴方の噂はこっちも毎日のように聞かされてんのよ。そり

 ゃもううんざりするぐらいにね。

 「素敵なお部屋ですね」

  他に褒め言葉が見つからなかったのでとりあえずそう言っておいた。“素敵”っていう

 のも微妙に曖昧で便利な言葉よね。すると御手洗さんはじっと私の顔を観察するかのよう

 に眺めてきた。……品定めしてるわけ?

  私達は御手洗さんの淹れた妙な味のするコーヒーを呑みながら暫く歓談することになっ
                                  
 あと
 た。彼の名前の話にはちょっと(いや、かなり)笑わせて貰ったけど、その後の占星術の

 方が――何と言うか。

 「生年月日はいつですか?」

 「あの、生年月日ですか?」

 「その生年月日ですよ」

 「この前の……五月二十四日です」

 「昭和何年生まれかも聞かないとチャートが作れません」

  むか。何よ、その言い方。子供みたいな人ね。

 「三十三年です」

  仕方なく言うと御手洗さんはグレーのノートや電卓やサインペンを取り出し私のことを

 占い始めた。ああ、この男に自分の未来を観られるなんて――…何だかとっても不愉快。

  すると彼は言った。

 「おや、こりゃあ凄い!」

  何がよ!

 「月と天王星が合して上昇点にある。時に異常で発作的な行動をする傾向がありますね、

 気を付けないと大変ですよ」

  だから何がよ! って言うかそれアンタのコトじゃないの!?

 「数奇な運命ですよ、貴女は。これはかなり強烈と言ってもいい。

  太陽は十一室にくるから貴女の願望は成就しますよ。友人も多いはず。

  恋愛は、ま、あまり良くないな。恋愛の結果は、あまり華やかなものじゃないかも知れ

 ない」

  ――ン!? ちょっと、何てこと言うのよ。やめてよ、ここには敬介さんもいるのよ!?

 アンタ私達に別れろって言いたいの!?

 「うーん……、これはちょっと……、悪いこと、全部言ってしまえば、遺産を手に入れる

 のに戦いが付き纏うかも知れない。

  それから暴力死には気を付けなくてはなりません。八室に火星、四室に海王星か、しか

 もカプスの真上だ。暴力沙汰の挙句に、病院のベッドで死んでいくなんて危険があります

 よ。厳重注意ですよ、これは厳重注意」

  …いや〜ん、本当に何だって言うの、縁起でもないこと言わないでよ、気になるじゃな
                                 
かお
 い〜! ねぇ敬介さん……ってあら? どうして貴方がバツの悪そうな表情して私から目

 を逸らしてるわけ?

 「それから若い頃の家庭環境に、何事か人に言えない秘密や、奇妙で、説明しにくい事情

 が付き纏っています。これは二室の冥王星とも関連がありそうですね。
                                  
 いっとき
  金運に関してですが、貴方は他人から根刮ぎ奪い取るような金運ですね。一時に物凄い

 スピードで富を握る可能性があります。金の為には手段を選ばないようなところがありま

 す。闇取引なんかの不正な手段に導かれ易いんですが、凶座相がありますからね、不法は

 法律で罰せられますよ。手を出さない方が無難です。

  他はなかなかいいです。知識の追求、学問なんかいいですね。外国へ行くのもいいです

 よ。きっと楽しいことがあります。頭が凄くいいです。ジャーナリストになると成功しま

 すよ。

  あ、それと子供を産むと難産になりそうな配置、それなりの対処をした方が良いでしょ

 う」

  ――ちょっと! ちょっぴり褒めを入れてフォローするつもりなのかと思ったらそうい

 うオチで締めるわけ!? 随分な言いようじゃない!

  くぅ、こンのォ〜……ヘッポコ占い師! 私はゼ〜ッタイに! 敬介さんと別れたりな

 んかしないわよ!!





    **********





  そんな私の不安に気付いているのかいないのか、敬介さんは雨の季節になっても傘をさ
        
 かよ
 しせっせと綱島へ通っていた。

 「御手洗さんのところへ行くのはもうやめて」

  気取り屋で虫が好かない、貴方まるで子分みたいに見えるわよ、どんなに言っても何故

 か彼は御手洗さんと会うのをやめない。

 「妬いてるのか?」

  そういう問題じゃないわよ、本当にどうして毎日毎日貴方も彼に会わなきゃならないの

 ?

  ねえ敬介さん――ちゃんと答えてよ。

 “私と御手洗さん、どっちが大事なの?”





    **********





  敬介さんはおかしい。

  御手洗さんもおかしい。

 「何があっても、捨てないでね」

 「絶対に捨てないよ良子、君が好きだからな。良子のこと、愛してるからな!」
                          
 
  思い切ったことを言ってくれるなぁと思っていても三日後にはいそいそと綱島に出掛け

 ていく。こうなると本当にもう理由が解らない。

  こちらへ関心を引きたくて毎夜の如く男遊びに走ってみても敬介さんはその悩みを御手

 洗さんのところへ持っていく。

  ――その男が原因なのに!!





    **********





  夜遊びにも疲れ、ある日私は彼に言ってしまった。

 「毎日毎日綱島へ通うのも大変でしょ? もう貴方達一緒に棲んだ方がいいんじゃないの

 ?」

 「は?」

  は? じゃないわよ、自分のことでしょ、どうして解らないの!

  でも彼は少し戸惑うような様子を見せた。やはり私を嫌いになってはいないらしい。―

 ―さぁそこで言うのよ、全読者を感動の渦に巻き込んだあの名言を!

 『もう俺、君がいないと駄目なんだ。本当に、駄目なんだ。頼むよ、頼むよ、頼むよ……』

  敬介さんが私を見つめ、その科白を言おうとした。正に、その瞬間――

 「錯覚だよ、錯覚なんだ石岡君。催眠術から目を醒ますんだ!」

  突然、爆発のように凶暴な音が周囲を圧した。月光に照らされた荒川の土手の上で。そ

 れは――あらゆるものを薙ぎ倒さずにはおかないような破壊的な音を立てる。土手の真下

 から闇の中央に吹き上がった、その爆発音がピークに達した時、私達二人の眼前に巨大な

 怪物が躍り出した。

  勿論その正体は皆さん御存じの“鉄の馬”。“彼”が一気に土手の斜面を駆け上がり空

 中にジャンプしたのだ。あまりに凶暴なその出来事に私達のラヴシーンは遮られた。ちょ

 っと敬介さん……何憧れの眼差しでバイクの方見てんのよ!?

  砂利を跳ね上げオートバイは派手に着地した。エンジンとタイヤと地面が揃って大袈裟

 な音を立てる。そして尚も強烈な金属音が響いた。ブレーキだ。タイヤが地面を滑る荒々

 しい響き。
                            
  もうもう
  傍若無人な騒音と共にオートバイは強引に目の前で停まった。濛々たる土埃。鉄の馬に

 跨った人物の髪が夜風に揺れる。カッコつけ自己顕示欲ばりばりの性悪ホモ野郎が彼に向

 かって言った。

 「石岡君、彼女のお赦しが出たのならもう遠慮はいらない! 僕と一緒に馬車道で暮らそ

 う!」

 「みっ、御手洗か!?」

  よ、横浜!? しかも馬車道ですって!? そこは私と敬介さんの思い出の土地じゃないの、

 二人の愛を錯覚と罵ったり催眠術から目を醒ませと言ったり、この人どこまで私に厭がら

 せをしたら気が済むの!?

 「敬介さん! 私とここに残るわよねっ!?」

 「石岡君ッ! 僕と一緒に幸せになろう!」

 「えっ、ええっ、ちょっと待ってよ、え〜と……」

  ――…ええ〜い、この優柔不断ホニャホニャ男〜〜〜〜!! 私のこと愛してるって言っ
                                   
 
 たじゃないの、何でここで悩むのよ〜!? あっちは男、こっちは女! 貴方女好きでしょ

 〜? どうして御手洗さんの方見てるわけ〜!?

 「石岡君――どんなに不可解に見えても、理解が出来なくても、君は僕の言うことを信じ

 てくれればいいのさ」

 「うん、じゃあ僕は……君と一緒に行くべきなのかな」

 「えっ、そんな! 敬介さんっ!?」

  御手洗さんが手を差し延べると、彼はそこが自分の居場所ででもあるかのように自然に

 後部座席へと乗り込んだ。心底申し訳なさそうな、どこかしら諦めたような表情で彼は言

 う。

 「ごめん良子、本当は君といたいけど何だか台本上はこっちを選ばなくちゃいけないこと

 になってるみたいだから、仕方なく彼に付いていくよ」

  何でよ!?

 「敬介さん、その男は魔王よ! 台本がどうなってるかは知らないけどその男は将来貴方

 を駄目にするわ! 彼と一緒にいることで貴方は男として駄目になるのよ! 知性も退化

 するのよ!? ささやかなインテリ・ミーハーとしての誇りを失ってもいいの!?」

 「良子……」
                         

  すると敬介さんは人生に疲れた者のような溜め息を吐いた。

 「……何となく解ってる。きっと僕は御手洗の雑用係みたいになって下らない小規模の厄

 介事全部処理させられて、なのに肝心なところでは主導権を握られ日々彼に揶揄われなが

 ら生きていくことになるんだろう。そしていつかは――捨てられる。本音を言えば僕だっ
     
 とど
 てこっちに留まりたいんだ。どうして五月からずっと、あんな取り憑かれたみたいに綱島
  かよ
 へ通っていたのかもよく解らない。でも――」

 「敬介さん……!」

 「――運命なんだよ……」

  御手洗さんは私の方を振り返ると声を出さずに「悪いね」と呟きオートバイを発進させ

 た。…厭……厭よ、私は私と敬介さんの小指にこそ“運命の赤い糸”が繋がっているのだ

 と信じてる。

 「待って! 敬介さん!!」
                                       
 あと
  私は無理を承知で二人の後を追おうと夜の路上へと飛び出した! そして――…その後

 どうなったかは、賢明な貴方にならもう解るでしょう?

  ……トラックのヘッドライトに包まれる直前に見たものは私を辛そうに振り返っている
 いと 
 愛しい彼の双眸だったわ。

  遠く聞こえる救急車のサイレンに包まれながら私はどこかの病院に運び込まれたみたい

 だけど――…結局、あの男の予言通りに私は白いベッドの上で短い生涯を終える羽目にな

 った。

  ああ、運命って惨酷ね――やっぱり私はどこの世界ででも死ななくちゃならないらしい。

 「ちくしょう!」

  綱島の雑居ビルで敬介さんは自分を責め涙を流した。…ああ、泣かないで泣かないで敬

 介さん、貴方は何も悪くない、私は貴方を怨んだりしないわよ。

 「陽気な奴でも聴こうよ」

  …っつーかアンタは何オイシイとこ攫ってんのよ、ふざけんじゃないわよ子供の頃ズボ

 ンが下ろせず漏らしたくせに! くそぅ、末代まで呪ってやると言いたいところだけど多

 分コイツには子孫なんか出来ないんだわ、ムカつくことに。







  そうして敬介さんは傷心を御手洗さんに癒されながら少しずつ平静さを取り戻し、二人

 は横浜馬車道で新生活を始めた。

  勿論敬介さんは私を忘れるなんて薄情なことはせずとうとうこのことを本にまでしてく
    
  りょうこ おも                         いほう  きし
 れたけど『良子の思い出』と仮付けされていたタイトルが店頭に並んだ時『異邦の騎士』

 になっていたのは一体誰の仕業だと言うのか――しかもこの話の場合“異邦”ってどこな

 のか解んないけど“騎士”ってどういう意味なのよ! まさかあの男が敬介さんを救った

 ナイトだとでも言いたいの!? 作品テーマが私への愛情からあの男への友情に掏り替わっ

 てるってだけで充分ムカついてんのにこのタイトルセンスの差は何なのよ!?
                 
  さんつう てがみ  さとみじょうきょう
  大体『良子の思い出』『レオナからの三通の手紙』『里美上京』ときてどうしていきな
      ・・
 り『異邦の騎士』になるわけ!? ついでに短篇集のタイトルについて言わせて貰うと、あ

 れはあれで一見単純に見せかけて実はちょっぴり内容に合わせてあったりするから気付く

 と更に腹が立つ。敬介さん……こんなコトしといて御手洗さんを嫌いだなんて言っても単

 なる惚気にしかならないわ。







  そして時は過ぎ二人は互いに傍にいることが当然という仲になった。彼等がどういう意

 識を持っているのかは知らないがその暮らしぶりはほとんど夫婦と変わらない。

 「付き合っている人? 女性ですか?」

  勝手に見合い気分で会いに来た女に“決まった人がいるのか”と訊かれこんな珍回答を

 口にする敬介さん――女じゃなかったら何なのよ!

 「ホモなの?」

  レオナ松崎に正面から問い質され動揺はするものの否定はしない敬介さん――どうして

 一言“違う”って言えないの?



  ――私は彼に捨てられた

  ――これが夫婦なら、さしずめ家庭内別居というやつだ

  ――料理が上手になるより、そっちの方がいいんだろうか

  ――御手洗の顔と、もう二十年も昔になる、かつて好きだった女性の顔が浮かんだ

  ――『これは君の歌だね』



  ……ねぇ、本当に貴方達の関係は一体何だって言うの? 走馬灯の順序が貴方の本音?

 私への傷心を利用して何度御手洗さんに口説かれてたの? それとも本当に貴方は自分の

 気持ちに気付いてないの?
           
 いぬぼうさとみ
  …ああ、レオナ松崎や犬坊里美という女性陣には申し訳ないけれどきっとあの二人の間

 には誰も入り込むことは出来ないわ。だってこの私でも駄目だったんですもの。自信過剰

 で言ってるんじゃないのよ、これは冷静な分析結果。

  敬介さんは間違いなく一生のうちで私を一番に愛していたわ。しかもあの男よりも私達

 の出逢いの方が先だったのに――彼は、当然のようにあの男の元へと走って行った。……
   
 もり まりこ
 え? 森真理子? あぁ、あんな人はもう問題外だわ。敬介さんも本気で相手にしていな

 いもの。






  
くや     くや
  口惜しいわ口惜しいわ、今こそあの人は独りぼっちなのに。おトイレさんは海の向こう、

 あの人の寂しさも何もかも私にならば解決してあげることが出来るのに。

  はあ〜、誰よりも不幸なのは私だわ、彼が幸せになってくれないから成仏だって出来や

 しない。
               
  み〜んな
  ああ〜ん、もう! 元はと言えば皆あの男が悪いんじゃないの!!

  あんなところで、死にたくなかった〜〜!!











…いやー、良子ちゃんの立場から見たら
あの二人の言行には色々言いたいこともあったのではないかと思いまして。
って言うか御手洗さんと石岡さん、
(恋愛事情だけに関して言わせて貰えば)結構酷いコトしまくってますよ?
――自覚しているのかいないのか(泣)。



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