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【 ≪異邦の騎士≫のネタバレを含みます 】

‖ 上記注意書きに危険を感じられた方はこちらからお戻り下さい ‖

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友情系 004-1 / TYPE-S

永遠不変の恋人
えいえんふへんのこいびと






  風に靡く柔らかな髪、清潔なワイシャツに包まれた白い肌。どこかしら芸術家然とした

 美貌の彼は、最近よく一人でこのデパートへとやって来る。青果コーナーでふと立ち止ま

 り、長い指先がオレンジを一つ掴んだ。右手の上で少し弄ぶようにしながら、「さて、い
                               
いま
 くつ買おうかな」とでも言いたげな思案顔。恐らく同居人が不在の現在、食品の消費量を

 量り兼ねているのだろう。
      
 
  しかしやや間を置くと彼はオレンジを一つだけ右手に掴み、レジのある方へとその身を

 翻した。瞬間――今まで彼を取り巻いていた騒音が消え、その表情にあった微笑も消える。

  彼の振り返った先には一人の女が立っていた。流れるように長い黒髪、驚きに充ちた大
   
ひとみ
 きな双眸。淡い色彩のワンピースを纏った彼女は、少し厚めの小さな唇から思わずといっ

 た口調を洩らす。
    
 けい
 すけ
 「…――敬、介……さん……?」

 「…――――」



  見つめ合う二人の間で掌から離れたオレンジが一つ、転がった。





    
**********





 「あれからもう、十一年にもなるのね……」

  水滴に覆われたアイスティーのグラスを眺め、彼女がぽつりと呟いた。

 「元気だった……?」
                     
 ざわ
  海の見える横浜の喫茶店。周囲もそれなりに騒ついてはいるが、二人のいるテーブルだ
      
とき
 けはまるで時間を止めたかの如く静寂に包まれている。

 「あの人と一緒に暮らしていて……作家に、なったのよね? 本屋さんで、名前見かけて
                           
 
 ……もしかしたらと思って、本も、読んでみたから……その後のことは、何となく、……

 知ってるつもり……」
                               
 
  呟きながら、彼女はゆっくりと右手をストローへ延ばした。…が、触れることを躊躇い、

 その指先を膝へと落とす。

 「逢いたかった……本当はずっと、逢いたかった……だけど私にはそんな資格もないし、

 貴方の仕事の邪魔になるだろうと思って……私、我慢してたの。あの時のこと、謝りたか

 ったけど……」

  滑らかな頬につるつると涙が伝った。指やハンカチで拭いもせずに、彼女は薄化粧の美

 顔を濡らす。

  すると向かいの座席に無言で坐り続ける彼が、ズボンのポケットから一枚のハンカチを

 取り出した。彼女にそれを差し出しながら、初めて小さく口を開く。

 「――…変わった……?」

 「――…え……?」
                   
いま
 「あれから、……随分、経ったろ? …現在の……君の、名前は……」
    
  いしかわ    りょうこ
 「――……石川。石川、良子よ」

 「…………」

  彼女は控えめにハンカチを受け取ると、零れる涙をゆっくりと拭い去った。彼は少しだ
          
 あと
 け目を細めると、その後は何事も返さず瞼を降ろす。

  湯気の立つティーカップの中に、ぽつぽつと幾数もの波紋が広がった。

  俯いた彼が、泣いている。

  何も言わずに、ただ、泣いている。





    **********





  翌日、翌々日、そしてそのまた次の日も。

  二人は腕を組み、横浜の街を歩き廻った。

  彼は彼女の言葉を一言も洩らすまいと、懸命な様子で話に聞き入っている。彼女の表情

 を見逃すまいと、一心にその姿を見つめている。
     
 いま
  同居人は未だ不在であるらしかった。彼は自分の持つ時間の全てを、彼女の為だけに使

 っていた。

  幸せそうな彼女の隣で、彼もまた幸せそうだった。そして時折、ふっとその双眸を細め

 ると彼女に対し同じ言葉ばかりを繰り返す。

 「ごめん、良子」

 「ありがとう」

 「ありがとう……」

  そんな彼に気付いた時、彼女はやわらかな微笑で謝罪の言葉を受け入れた。だが彼の唇
          
あいだ
 は、声を発していない間も絶えず小さく動き続けている。
       
とき    しあわせ
  逢っている時間は本当に幸福そうな恋人同士だった。

  二人は愛の女神の祝福を受けているかのようにさえ見えた。

  けれど彼は独りになるとよく泣いた。馬車道にあるマンションの自室は、彼の涙の水槽

 だった。





    
**********





  一週間も過ぎた頃。彼女はすっかり明るくなり、彼のマンションへも自ら訪れるように

 なった。彼も彼女がいる時だけは、幸せそうな笑顔を見せた。

  彼女はケーキの小箱を両手で開き、彼に向かって微笑みかける。

 「今、京都だって言ってたわよね? 彼」

 「うん」

 「いつ頃戻ってくるのかしら?」

 「さあ。…いつも突然出て行って突然帰ってくるからなぁ」

 「そう」
                       
 さわ
 「――…ま、当分は帰ってこなくてもいいけどね、騒がしくなくて」

 「あら、そんなこと言っていいの?」

 「いいんだよ、あんな奴」
          
みたらい
 「そぉ? でも私は御手洗さんにも会いたいわ。…私、お礼もお詫びもまだちゃんと言っ

 てないし」

 「――う〜ん……でも俺はあんまり二人を会わせたくないなァ。…君、綺麗になったしね」

  彼は陽気な口調でそう言うとティーサーバーを片手に衝立の向こうへ消えた。そして不
                 
 ひね
 必要な程の勢いで流し台にある蛇口を捻る。

  小さなケトルいっぱいに冷水が溢れても彼は蛇口を戻そうとしない。いつまでも。いつ

 までも。
            
 ひら   しぶき
  彼は眸をぼんやりと薄く開いて、飛沫を上げる水の流れをただただ静かに眺め続ける。

 淡い微笑を貼り付けた横顔は、どこかしら、蒼褪めて見えた。





    
**********





  電話のベルが鳴っている。一回、二回、三回。――四回。

  彼は暫く迷っていたが、カップを戻すと席を立った。小首を傾げる動作と共に、冷たい

 受話器を取り上げる。

 「はい…もしもし」
    
 いしおかくん
 『ああ、石岡君だね。元気かい?』

 「ああ、とてもね。…で、今君はどこにいるんだい? 京都?」
                                     
 なに
 『そうだよ。でも僕が留守にしているのに“とても元気”とは随分と御挨拶だね。何かい

 いことでもあったのかい?』

  その時、彼の背後で彼女が小さな悲鳴を上げた。膝の上に零した紅茶が、水色のフレア

 スカートに褐色の染みを作る。
         
  じょせい
  聞こえるはずのない女声に気付き、受話器の向こうから訝しげな疑問が流れた。

 『……石岡君? 今、君――』

 「あぁごめん、今来客中なんだ。悪いけど急ぎの用で、なければ……」

 『ねぇ、ちょっと訊きたいんだけど、今そこに…』

 「ごめん、こっちは問題ない。君も身体に気を付けて」

 『石…――』
         
 なに
  電話線の向こう、何か言いかけていたのを遮るように彼は強引に通話を終えた。壁に向

 かい短く溜め息を洩らした彼は、慌ててテーブルへ駆け寄ると彼女の膝にタオルを掛ける。

  しかし紅茶の汚染は当然消えず、彼女も不快な湿度に当惑気味な苦笑を浮かべた。二人

 は諦め少し笑うと、室内デートの続きを始める。
              
 のち
  そうして何時間かを過ごした後、彼女は極自然に彼へと語りかけたのだった。

 「…ねぇ敬介さん。今でも私と一緒にいて楽しいと思ってくれる?」

 「おかしなこと訊くね。当然だろ?」

 「本当? …じゃあ今夜は、ずうっと傍にいてくれる……?」

 「……いいよ」





    **********




   
 
  その夜。彼女は白い肌を薄闇に曝しながら彼の頬を殴って泣いた。

 「信じられない」

 「――…ごめん」
     
 ひと
 「何て酷い男なの!?」

 「…知ってるよ」
                         
 ゆか
  彼の言葉に、彼女はもう一度その横顔を殴り付ける。床に落としていた洋服を拾い上げ、

 唇を強く咬み締めるとマンションを素早く出て行った。

 「――…知ってたよ……自分がどれ程酷い人間かも、君が僕に近付いた目的も、君が……

 良子じゃ、なかったことも……」
        
シャツ
  彼は裂かれた胸元を掴むと、暗い自室で涙を流す。そして思い付いたようにふらふらと

 身体を立ち上げ、乱れた服のままデスクの前へと坐り込んだ。
                                 
 
  白い腕がスタンドの灯りを燈し、机上の原稿用紙を引き寄せる。暫しの間を置き、癖の

 ある文字がその上をするすると駆けていった。


                                    ・・
  赦して欲しいなんて思っていない。この罪を消せる日が来るとは思わない。それで世間

 が納得するなら、俺は何年だって刑務所にいるつもりだ。いっそ終身刑にでもしてくれれ

 ば、いくらか救われもするだろう。
                                   
いま
  しかし駄目なのだ。それでは俺は裁けない。彼女もその家族も救えない。現在の俺に出

 来ることは、こうして過去に縛られながら生きてゆくことだけなのだ。良子のいない世界

 で生きてゆくことだけなのだ。

  こんな絶望の檻にいる時、俺はいつも無意識に同じ光景を思い出す。

  引っ越しの日に二人で食べたラーメン、駅の前で俺の帰りを待ち続けていた良子、彼女

 の誕生日の夜のこと、横浜デートの思い出
――



  自分の手の中で良子が冷えてゆく、瞬間。



 「…くそ、っ……!」

  彼は小さく呟きながらペンを投げ捨て、デスクの下から一つの段ボール箱を取り出した。
                      
 あらわ
 上蓋を静かに開くと、大小様々な書類がその姿を顕にする。

  激情に任せて逆さにした箱の中からバサバサと無数の凶器が降り注ぎ、その身を無惨に

 切り付けていった。殺意の海に沈みながら、彼はとうとう叫び始める。



  
ドンナ状況ニアロウト 罪ハ罪 貴方ハ 裁キヲ 受ケルベキデス

  ヨク アンナ作品ヲ 世ニ出セタモノデスネ 本当ニ貴方ハ 彼女ヲ愛シテイタノデスカ?

  ドウシテ 呑気ニ 作家業ヲ 続ケテイラレルノカ 神経ヲ 疑ウ



  オ前ハ 有罪ダ――…!



 「解ってる…! 解ってる解ってる解ってる!! 何もかもが俺のせいだ、全部俺が悪かっ

 たんだ! でも俺は良子が好きだったんだ、好きだったんだ! ただ…それだけだったの

 に…っ……!!」

  彼は殺意の波に身を沈めて只管に涙を流し続ける。

 「――…子……良子、良子…――良子良子良子良子……ッ…!!」

  その刹那、虚ろな彼の双眸がある葉書の一文を捕らえた。


     
 
ヒト ゴロ
  オ前ハ 恋人殺シ



 「――…ぁあああああぁ――っ…!!」

  狂いそうに頭を抱える。嗚咽混じりに唾液が洩れる。どうして……

  どうして彼がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?

  やめて、やめて、お願い…………――――もうやめて!!


 「――何をやってるんだ!!」
             
 ひら
  その瞬間。彼の背後で扉が開き、長い影が部屋の中へと滑り込んできた。大慌てで正面

 へ回り、彼の両腕を支え持つ。

  外出先から急ぎで帰省したらしい聡明な同居人は、すぐに自らの友人を取り囲んでいる

 封書の山に気が付いた。

 「…くそっ、全て処分したつもりでいたのに……まだこんなところに残していたか……!」

  低く呟くその表情に、例えようのない苦さが広がる。彼は泣き続ける友人の腕を掴むと、

 真剣な口調で言い聞かせた。

 「何度言えば解る!? こんなものはただの紙屑だ!!」

 「…――――」

 「何故僕の言うことを理解しようとしない!? 君は裁かれるべき人間じゃない、罪の償い
                             
ヤツ
 ならばもう充分にしただろう! この中に君と同じ経験をした人間など一人だっていやし

 ないんだ、連中に何が解る!! そうやって自分を傷付けて何が変わった? 誰が救えた!?

 君の身体がボロボロになっていくだけだろう、胃と腸の次はどこをおかしくするつもりだ

 !?」

 「――…もう……どこもまともじゃないよ、俺は……」

 「何を言って…――しっかりするんだ、石岡君!」

 「…石岡って……?」
                       
かずみ
 「またか…! いいかい石岡君、君の名前は石岡和己だ、石川敬介じゃない」

 「…名前は…関係ない……下足札と同じなんだろ……?」
   
こだわ
 「――拘っているのは君じゃないか」

 「…痛…い……」

 「当然だ、指先が切れてる。――君、彼女は? どこへ行った?」

 「彼女って……――…あぁ、良子の偽者なら帰ったよ、“病気の弟の治療費が足りない”

 とか言ってたみたいだけど……支払う前に、出て行っちゃったからね……被害に遭ったの

 は、このシャツ一枚ってところかな…――はっ! あっはははははは…っ」

  彼の腕を支え持つ友人が、チッと小さく舌打ちを響かせる。

 「全く――これだから女ってヤツは! ろくなことを考えないんだからな……!」

  彼が言っていることは尤もだと思った。本当に、女という生き物は状況によってはとん

 でもないことをしでかすものだから。

 「君もね、…だからあんなことは本にするなと言ったのに……――」

  同居人の科白がきっかけだった。彼の頬はみるみる新しい涙の雫で濡れてゆき、喉から

 は、絞り出すような悲鳴が洩れる。

 「違、う……良子…――」

 「…え……?」

 「違う…違う違う違う! 良子じゃない……ッ……!! どんなに外見が似ていたって、昔

 の思い出を知っていたからって…! ――あれは、良子じゃない……彼女はあんな話し方

 はしなかった、あんな笑い方はしなかった! 彼女は……もういない……。俺がっ、……

 殺した……!」

 「――――」

  泣き叫ぶ彼の隣で、親友は声を荒げることすらしなくなった。

 「俺が……死ぬべきだったのに……生きていたって……誰の為にもなりゃしないのに……」

 「……そんなことはないよ」

 「唯一俺を必要としてくれた良子は……もうこの世にいないのに……っ」

  彼を見つめる友人の目に、酷く、寂しい光が宿っていた。こんなにも辛い眸の色があっ

 たのかと驚く程に、昏く、哀しい色彩だった。

  努めて穏やかな口調で彼は続ける。

 「そんなことはないよ、石岡君」

 「…子…――」

 「世界中の誰が何と言おうと――僕が君を必要としているよ、石岡君。君はまた、僕を独

 りぼっちにするつもりなのかい……?」

  傷付いている友人の姿を目の前に、彼もまた深く傷付けられているようだった。優しく
              
 
 親友を宥めながらその背を強く抱いていたけれど、彼の口から洩れるのは愛する女の名ば

 かりだ。

  窓のない部屋の中、二人の身体はスタンドの灯りにぼんやりと映し出されている。
                                  
かお
  酷く懐かしい、けれど実際には見たことのない男性二人が心底辛そうな表情で泣いてい

 た。

  こんな光景を見るのは、もう何度目?



  ――私は貴方の心を映す鏡なの。貴方が泣いている時は、私も同じように涙を流してい

 るって知ってた?

  ねぇ敬介さん、貴方が私を守ったように、私も貴方を守りたかったの。貴方の心が哀し

 いままなら、私もずうっと哀しいままよ。貴方が幸せでなかったら、私も幸せになんかな

 れないわ。

  貴方は私を愛してくれた。本当に深く愛してくれた。だから私も貴方のことを信じたの。

 永遠の妻になると誓ったの。


                    
  しあわせ
  貴方は私の未来を奪ったわけじゃない。私に幸福を与えてくれたのよ。



  もう自分を責めないで。自分を解放してあげて。今願うのは、ただそれだけ。

  忘れる瞬間があってもいいの。心から笑っていてもいいの。貴方の幸せ――それこそが。

 私の幸せ、なんだから――…





    **********





  激しく硝子の割れる音。続いて犬のような遠吠え。

  ――また始まった。御手洗さんにも困ったものね。
                           
 ひら               なか
  そこでいつものように慌てて彼が駆け付ける。遠慮がちに開いた同居人の部屋の状態は、

 見事に目茶苦茶。

 「大丈夫か、御手洗! 怪我してないか!?」
                 
 ゆか               ほ
  …あーあ、彼ってば相変わらず――床に転がってる人間を放っとけない。私の時もそう

 だったけど、そんなのは本人が悪いのよ?

  一方御手洗さんはぼんやりと壁に背を預けたまま呑気に外国の歌を歌ってる。毎回見る

 度に思うけど、やっぱり彼って、どこか変。

  でも御手洗さん、きっと貴方に抱き起こされて当然だと思いつつ、その優しさに同時に

 腹を立ててるわ。だって彼が暴れている原因の半分は“貴方”なんですもの。昔の私と一

 緒。
                 
          ・・・・・・・・・
  ほら、その証拠に――貴方が部屋を出て行くのを待って、私に話しかけてきた――…

 「…ねえ良子君。君はあの被虐性の強い生真面目男をどうやって扱っていたんだい? ど

 うやって……笑わせていたのかな……?

  例えば――僕等はよく二人で散歩へ出掛けるんだけど、そこでちょっと感じのいいカッ

 プルと擦れ違ったりなんかすると、もう――…駄目なんだよね。意識がどこか遠くを見て

 る。…こうなると僕なんか置き物か人形みたいなもんだねぇ、隣にいる友人なんて海べり

 に吹く風の如し、さ。
      
 いま
  …そのくせ未だ結婚への夢を捨てきれず、女と見ると上から下まで眺め回すんだから本

 当にどうしようもない。いつか悪い女に引っ掛かりゃしないかと気が気じゃないんだよ、

 僕は」
       ・・・・
  ぼんやりと遠くの壁を見つめながら、彼は呟くようにこう言った。

  ――あぁ…それは解る。あの人ってばああ見えて意外と可愛い女の子に弱いのよね。

 「だったら適当に遊べればいいんだけど、厄介なことに根が真面目だ。今時若い女性だっ

 てあそこまで清純じゃないよ。性格的に人を裏切ったり傷付けたり出来ない男なんだろう

 な。…で、自分はというと騙されたり傷付けられたりの繰り返しで……しかも何故か最後

 には相手を赦してしまう! …ああ、もう……何だかまた苛々してきたよ……」

  凄く解るわ、その気持ち。私もあの時、そう思ったもの。

 「今度こそ本気で怒るかなぁ。今度こそ、今度こそ、なーんて思いながら色々我儘言って

 みたりしてさ……いや、一瞬はホントに怒られるんだけど。…でも最後には“仕方ないな

 ー”って感じでさぁ、結局赦されちゃうんだよねぇ。何なんだろう、あれは……」

  何なんだろう、って言われても。やっぱりお人好し……なんじゃないのかしらねぇ。
      
  いっとき
 「で、こっちは一時罪悪感に駆られたりもするんだけど、何だかそのうち無性に――腹立

 だしくなってくる。彼を見てると困らせたくなるって言うか、どこまでやったら嫌われる
                                 
 はた
 のか確かめてみたくなるって言うか……とにかく、苛々するんだ。それを傍で見ていても、

 自分でやってみてもね」

  …ふふっ、そう。あの人自身はどうして私や貴方がそういう行動を取るのか、きっと永

 遠に解らないんでしょうけどね。
                                   
  よっぽど
 「自分が解ってないんだよ。人のことを色々言うけど、僕に言わせれば彼の方が余程変人

 だね! あんな人間には滅多にお目にかかれるものではないよ。そして……周囲の者達に

 どれ程必要とされているかということにも、彼は疎過ぎる。存在だけで救われる人間も沢

 山いるというのに……ね…――」
                                     
  ゆか
  呟いていると、掃除機を用意した彼が部屋の中へと戻ってきた。御手洗さんは再び床へ
                                  
 しか
 と寝転がると、聞き取りにくい小さな声で英語の歌を歌い始める。彼は顔を顰めながら盛

 大な溜め息を洩らし、

 「あぁ、もう、また硝子で指先切ってるし!」

  と慣れた様子で治療をし始めた。

 「自分の身体なんだからもうちょっと気を付けろよ、心配するのは周りの人間なんだから

 な。……聞いてるのか?」

 「“There was a boy, A very strange and enchanted boy”……――」

  今、御手洗さんは歌を歌いながら心の中で「それはこっちの科白だよ」って呆れ返って

 るわ。それにほら、せっかく声に出して伝えてるメッセージも貴方は“英語だ”ぐらいに

 しか思っていないみたいだし。
 
 ひとしき
  一頻り歌い終わると、彼は突然上機嫌になり自らの上体を立ち上げた。そしていつもの

 ように

 「おや、僕の部屋で何をしているんだい石岡君」

  と嘯くと、部屋の隅にある掃除機に目を遣り

 「ああ、掃除しに来たんだ、朝っぱらから感心なことだね! でも今酷く喉が渇いていて

 『フォーション』のアップルティーを呑みたいと思っていたところなんだが――…どうだ

 い? 掃除は後回しにして、僕の爽やかな目醒めの為に紅茶を一杯淹れては貰えないだろ

 うか?」
                                    
  キッチン
  なんて言って笑ってる。…あぁ、一応反論はしてるみたいだけどどうして本当に厨房へ

 向かっちゃうのかしら。――でも、これも彼の“いいところ”なのよね。



  どんな形ででもいいから――

  幸せでいてね。自分をもう少し大切にしてね。

  私あの時は“介”の付く名前が好きだって言ったけど、本当は貴方に出逢ってから“和

 己”って名前が一番好きになったのよ。貴方はそれだけの影響力を持った人。

  幸せでいてね。自分をもう少し大切にしてね。そうしたら、またいつかきっと逢えるわ。

  だって私達の小指には“運命の赤い糸”が繋がっているんですもの。

  ……ね?












これは話のテーマ自体は嫌いじゃないし、実際、
読みながら涙を流して下さった方までいたんですが……
何だか、文章のリズム全体が微妙に異様に気に喰わなくて(泣)。
今回手直ししてもこの程度……
ごめんなさい、雰囲気を味わっていただけたらと思います。




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