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  さて、私の予想に反し南の島の聖美館は実在した。ここまでは電車とバス、フェリーを

 乗り継いできたのだが、同居人が突然“煙草が如何に有害であるか”という演説を始めた
                    
 そうそう
 り大声でイギリス民謡らしきものを歌い出し早々私に恥をかかせてくれた為、詳しい描写

 は記述を御容赦願いたい。
                          
アーチ エントランス
  館は想像以上に立派なものだった。大きさは無論のこと門や玄関を始めとするデザイン、

 内装に至るまで何とも言い表せぬ風格がある。全体の色調がゴールドとクリムゾンで統一

 され、高価そうな美術品などで品良く飾り立てられた西洋館――とでも表現すれば、大方

 の雰囲気は解っていただけるだろうか。

  私と友人は八月三日の午後六時頃にこの館ヘ到着し、“招待を受けた者である”と玄関
       
 のち          ダイニングルーム
 で夫人に告げた後、この広く瀟洒な造りの食堂へと通されたのだった。例の招待状は私達

 を含め、十組程に向けて投函したのだと言う。





    **********




                                  
 ダイニングルーム
  こんな怪しげなツアーに誰が好き好んで参加するのだろうと思っていたが、食堂の大き
                
  だんじょ          
 とき
 なテーブルにずらりと並んだ十二人の男女の姿を目の当たりにした瞬間、意外に人間とい

 うものは平坦な日常に退屈しているものなのだと認識を新たにさせられた。
                   
 みな
  午後七時前、聖美館の館主夫妻に促され皆が一通りの自己紹介をし始める。このツアー
       
 たが           こう
 は万人の予想に違わず“ミステリー好きの嵩じた富豪が多少名の知れた賢者を集め懸賞金

 付きの推理クイズを行なう”という実に聞き馴染んだ趣向のものだったが、見たところ全

 てが例外なく“二人一組”のようであるので、私のようにおまけとして招待された者達も

 少なからずいるらしい。

  一番手は銀縁眼鏡のフレームを光らせ神経質そうな物言いをする痩身の男性だった。
                                 
ふじわらよしのり
 「――では、まずは僕から御挨拶させていただきましょうか。僕の名前は藤原若典、三十

 七歳の外科医です。一応ミステリーと名の付くものには子供の頃から興味がありましてね、

 特に海外ミステリーにはそれなりに知識があるつもりです。皆さんとどれ程実りある時間

 を過ごせるか解りませんが、とりあえず宜しく。
                                   
あつこ
  じゃあ時計の針と逆回りにということでしたので、次は君の番だね――…温子」

  藤原と入れ替わりに席を立ったのはスタイルのとても良い美女である。真紅の口紅の似
                         
 つや
 合う険のある美貌、斜め下がりに真っ直ぐカットされた艶やかな黒髪やそれに見合った派

 手な色彩の洋服が、無言のうちに彼女が常人ではないことを物語っていた。
  
ふじみ
 「富士見温子と申します。年齢は……言った方がいいのかしら、先月三十一歳になったば
                                
  わたくし
 かりなんですけれど。職業は、一応モデルをしています。皆様お察しの通り私は若典さん

 に連れられてここへ参りましたもので、あまりミステリーには詳しくありません。けれど、

 まぁ……知能指数が低い方ではありませんから、少しならお話も通じるのではないかしら。

 目の保養になりそうな美術品の沢山あるお屋敷のようですし、楽しい五日間になることを
               
わたくし
 期待しますわ。じゃあ、次は……私の隣にいらっしゃる、可愛らしいお嬢さんの番ね」

  次に「はーい!」と言いながら席を立ったのはストレートの髪を肩口で切り揃えた小柄

 な少女。機能性を重視した服装のセンスや物腰などから見ても彼女の快活な性質は窺い知

 れた。案の定、はきはきとした口調が厳かな室内中に響き渡る。
      
つるぎ ゆか
 「あたしは鶴来有香、十六歳の高校生! 今はミステリー研究会を作って推理小説なんか

 を読みまくってるんだけど、もう子供の頃から探偵ものとか謎解きとかが大好きで、一応

 本物の事件なんかもいくつか解決したことがあるの。お陰で地元では高校生探偵なんて呼

 ばれてます。で、こっちがあたしの幼馴染みでー…」

  有香に肩を叩かれ静々と立ち上がったのは柔らかな長い髪を二つに分けふんわりと編み

 込んだ愛らしい美少女だった。私達をぐるりと見回し微笑を浮かべたきり何事も口にしな

 いのでどうしたのだろうと思っていたら、有香が横合いから口を挟む。
          
 
 「ゴメンナサイ、この娘少〜しだけテンポがズレてるの。あと二秒も待てば喋り出します

 から」
                   
 
  そんな友人の言に気付いた彼女は、暫く間を置いてから「も〜、有香ちゃんたら失礼ね

 ぇ〜」と大して気分を害した風でもなく答えた。成程、この子の周りでは少し時間の流れ

 が遅いらしい。
       
さえきあやの                とし    じゅうなな
 「えっとー、冴木綾乃っていいます。五月生まれだから年齢はもう十七歳ですけど、ここ

 の有香ちゃんとは同級生です。でも有香ちゃんの方が堂々としてるから、いつも私“後輩”

 とか“妹さん”? なんて訊かれちゃうんですよね〜」

 「もう、ちょっと綾乃、今はそんなコトどうだっていいでしょ!」

  如何にも女子高生らしい二人の遣り取りに私達は少し笑った。

 「私は有香ちゃんみたいにミステリーには詳しくないんですけどー、一年生の時にクラブ

 を選ぼうと思ってたら“趣味の手芸はミステリー研究会の部室ででも出来るよ”って言わ

 れたんですよね〜。それで……」

 「ああーっ、はい、もう綾乃は坐っていいから! …あはっ、あははっ、ちょっと色々変
  
 な娘なんですけど、とにかくヨロシクお願いしまーす!」
                
 のち
  綾乃が有香に腕を引かれ着席した後、再び周囲からくすくすと笑声が洩れる。話を最後

 まで聞くことは出来なかったが、恐らく彼女は友人の発足した同好会の人員調整の為に研

 究会へ入れられたのだろうと私は思った。確かに手芸はどこででも出来るが、それならば

 手芸部か家庭科部にでも在籍し作品を創った方がより自然な形ではあるに決まっている。

  続いて挨拶をするべきは私の友人であった。彼は額の中央で分けた癖のある黒髪をばさ

 りと掻くと、向かいに腰を下ろしている私に意味深な微笑を見せる。うるさい程の大声で

 言った。

 「やあやあ、皆さんお待たせしました! 僕が御手洗潔です!」

 「――――」
                                     
 ほか
  ……まーた悪い癖が始まった。こうなるともう私も彼に合わせて行動をするより他方法

 がなくなってしまう。大体今の科白は何なんだ。“お待たせしました”“僕が”? それ

 じゃあまるでここにいる全ての人々が彼のことを知っていて、その出番を待ち望んでいた

 ようではないか。ああ……厚顔無恥というのはこのことだ。穴があったら入りたい。――

 ところが。
            
 にわ     ざわ
  彼が名を名乗った瞬間、俄かに周囲が騒ついた。そして四十一歳の私立探偵であると付
             
 みな
 け加えた途端、招待主を除く皆の視線が一度にこちらへと集中したのである。

 「御手洗……私立探偵……? ああっ、貴方はもしかして……!」
     
うめざわけ
 「あの“梅沢家・占星術殺人”を解決したという噂の名探偵さんなんじゃあ…――」

 「きゃあ! じゃあその向かいに坐ってんのは作家の石岡和己さん!?」

  ……どうやら私はこの時点で自己紹介をする必要がなくなってしまったらしい。まぁ私

 はこういうことに積極的な人間ではないし、特別どうということはないのだが。

  しかしこのような注目のされ方をする経験は滅多にあるわけでなく気分も悪くはなかっ

 たから、私は同居人――御手洗に対し穏やかに笑顔で応えておくことにする。私が右隣の

 青年に出番を譲ると、彼は「おや、石岡さん、何も仰らなくていいんですか?」と優しげ
        
 のち
 な口調で確かめた後、静かに椅子を引き立ち上がった。
  
さっき
  先刻から気になっていたのだが、この青年は人目を惹く華やかさはないものの、非常に

 繊細な美貌を持っている。染めているわけでもなさそうな茶褐色の髪と白い肌に似合うベ

 ージュのシャツが、誠実そうな印象を更に際立たせているように見えた。
 
じょうのまさひこ にじゅうななさい 
 「城野真彦、二十七歳の薬剤師です。僕は一応読書家ではありますが、特別推理力に長け

 ているというわけではありません。何故僕のような者がこのお屋敷に御招待いただけたの

 か、未だに首を傾げているといった調子なのですが――…でも僕、御手洗さんと石岡さん

 の御本は愛読しているんです。当然お二人のことも物凄く尊敬していて……だからどうい

 う運命のめぐり逢わせかは解らないけど、今、この場所にいられることをとても幸運に思

 っています」
                         
 わず
  彼が穏やかな口調でそんな科白を発した刹那、室内に僅かとは言い難い反応がほぼ同時

 に起こった。御手洗当人はイギリス人のように両手を広げながら片眉を引き上げてみせ、
           
  おうさつじけん
 藤原は「くそっ、梅沢家の鏖殺事件なら僕だって途中までは解いていたんだ……!」と小

 さく負け惜しみを口にする。そしてまだ正式に挨拶が終わっていない黒縁眼鏡をかけた青
                   
 あと        あるじ
 年がソーサーにティースプーンをぶつけた後、何故か聖美館の主人二人が顔を見合わせて

 微笑した。

  さて、城野青年が腰を下ろすと続いてそのまた右隣の青年が立ち上がる。スポーツマン
  
 すこぶ
 風の頗る無愛想な彼は初めて見た時から咬み続けているガムを口の隅に押しやりながら、

 至極低調な声色で
 ほうじょうひでゆき にじゅうななさい 
 「北条秀幸、二十七歳、プロボクサー……」

  とだけ呟き、早々に腰を落ち着けた。

  成程、ボクサーか……言われてみればそんな風貌をしている。顎を強化する為にガムを

 咬んでいるというわけだ。

  それにしても……私はおや、解らないなと思った。席順から察するに彼は城野の相棒と

 いうことになるが、どうにもこの組み合わせにはピンとこないものがある。年齢が同じで
                 
 なに
 あるということは学生時代の同級生か何かだと推測されるが、そうは理解してもやはり奇

 妙な違和感を感じるのだ。第一、どちらもミステリーに対し特別な関心を抱いているよう

 には見えない。ならば何故、佐久間夫妻は彼等をこの聖美館に招待したのか。

  私が首を傾げていると、厳粛な雰囲気のテーブル上で思いもかけぬパフォーマンスが始

 まった。開口一番「レディース、エンド、ジェントルメーン!」と叫んだ男が、テーブル

 の下にでも隠し持っていたらしい漆黒のシルクハットから両手に余る程の造花を出して見

 せたのである。
  みな 
  皆は初め彼の奇術の素晴らしさにではなくその唐突さに言葉を失っていたようだったが、
   
 
 暫しの間を置き、一部の観客達から一通りの賛辞と拍手が湧いた。北条の陰気さを補って

 余りある陽気さだ。

  ――実はこの男、室内で顔を見かけた時から何とはなしに気に懸かってはいた。華やか

 な美人の温子よりも、誠実そうな好青年の城野よりも、またどこかこの場の雰囲気にはそ

 ぐわぬ粗暴さを纏った北条よりも――そのぐらい、この男の存在感は強かったのだ。

  初めは身長のせいだろうか、と思った。一見しても私の友人と同じぐらいはある。そし

 てやはりいや、違うと考え直した。整髪料でスタイリッシュに整えられた柔らかそうな黒
                     
  いろつきグラス
 髪も健康そうに浅黒く灼けた肌も、全ては褐色の色付眼鏡が持つ強い印象に掻き消されて

 しまっている。

  つまり一言で言ってしまえば、胡散臭かった。あの眼鏡の下から覗く顔の感じでは、な
                                
 のち
 かなかのハンサムであるような気もするのだが。彼は仰々しく一礼した後、自己紹介を始

 める。

 「皆さん、突然驚かせてしまって申し訳ありません。造花と共に散ってしまった紙テープ
                                  
  さきみやちひろ
 やスパンコールは後で助手君に片付けて貰いますので御心配なく。僕の名前は東宮千尋、
      
 マジシャン
 御覧の通りの魔術師です。年齢は……必要がなければ御容赦下さい。この仕事は術者に神

 秘性がある方が何かとやり易いものですから。ああ、それと――」

  男はテーブル上に置いていたシルクハットに造花を押し込めると言葉を続けた。

 「実は僕達、ここへは招待状なしで入れて貰ったんですよ。本当は参加の資格はなかった

 のかも知れませんが、事情を御夫人に説明したら多少人数の増減があっても支障はないと

 いうことでしたので……」

 (…………?)

  やはり私は友人にいつも言われている通り少し頭の回転が遅いらしい。けれど一応自分

 なりに今の発言の意味を考え、恐らく彼等は知人宛に来ていた招待状を何らかの事情で引

 き継ぎここへやって来たのではないかと推測した。一方、男の挨拶はまだ続いている。
                       
  しまざきいくお
 「それから、僕の隣で始終俯いている彼は僕の助手で島崎郁生といいます。見ての通り存

 在感も薄く口数も少ないですが、あまり攻撃しないでやって下さいね――……さて、佐久

 間さん、次はあなた方お二人の番ですよ」

  流石職業柄とでも言うべきか……いつの間にかこの場を見事に取り仕切り、あろうこと

 か連れの挨拶まで勝手に終わらせてしまった。私は自分と同様、調子の良い友人に発言す

 る機会を奪われた青年に少なからず同情の念を抱かずにはいられない。

  陽気な魔術師の助手というのは、無論城野の挨拶の折りに食器の音を立てていた黒縁眼
              
 つや
 鏡の青年である。濡れたように艶やかな黒髪を清潔に切り揃え白く透き通った肌を持ち、

 城野とはまた少しタイプは違うが非常に大人しそうな人物と映った。どんな声の持ち主で

 あるのか、相当興味深いところである。

  しかし眼鏡などかけぬ方がどこか少年めいた容貌が引き立ち女性にも持てるのではない

 か、と思いながら見つめたその顔に――正確には眸に、だが――何故か懐かしいような錯
           
 ひね
 覚を憶え、私は暫し首を捻った。しかしやはりそんなはずはないのである。いくらか名の
 とお 
 通った人物であるかも知れない魔術師が初対面である以上、その助手を憶えている可能性

 など限りなくゼロに近い。

  そんなことをぼんやり考えていると我々の招待主である佐久間夫妻がゆっくりと立ち上

 がった。口元に形良く髭を蓄えた紳士的な主人と大型のルビーを胸元に耀かせた夫人が恭
       
 みな
 しく一礼すると皆に向かって言葉をかける。

 「今の皆さんの自己紹介にはいささか謙遜という名の美徳が混ざっていたように思います

 が、ここに“私達の求める優秀な頭脳”が集約されているということには疑いがありませ
               
 はな
 ん。さて、ゲームの趣旨は先にお話しした通りですが、懸賞金付きの推理クイズという表

 現には若干の語弊があります。正確には懸賞金ではなく懸賞品――つまり、差し上げるの

 はこの屋敷にある美術品の類ですな。…まぁ皆さんは稀少品の獲得よりも謎を解くことの
        
 かた
 方に関心のお強い方ばかりでしょうが……」
          
 わたくしたちじしん
 「正直に申しますとね、私達自身が以前こうしたミステリーツアーに参加したことがある

 経験者なんですの。その時はお恥ずかしいことに全く活躍は出来なかったんですけれど、

 旅行中に出逢った方々とのお話が大変勉強になったというとても良い思い出がありまして

 ね…――ほら、やはりこういうイベントに参加される方というのは、どこか共通する趣味

 や話題があるものでしょう? それで今回、いっそのこと自分達が主催者側になり皆様を

 御招待したらどうかという企画を思い付いたんです」

 「もう裏の事情ごと全て打ち明けてしまいますと、皆さんのお名前や御住所もとある企業

 で拝見させていただいたミステリーツアーの参加者リストから見つけたようなわけでして

 ――勿論そのツアーはそれぞれ別の土地で行なわれたものなので顔見知りの方などはいら

 っしゃらないと思いますが――今回はその中でも特に優秀な成績を修めたのだという方々

 を当方で選ばせていただきました。御手洗さんと石岡さんは、例外ですけどね」

 「参加者リスト…――ああ、それで僕が! そうですね、そういえば僕も大学生の頃に秀

 幸と二人で京都のミステリーツアーに参加したことがあります!」
 わたくし
 「私もですわ。去年の秋、若典さんに誘われて軽井沢のツアーに……ああ、そういうこと

 でしたの……」
                                 
  だんじょ
  自らがこの聖美館に招待されたことを不可思議に思っていたらしい二人の男女はようや
                            
 のち
 く納得したように頷いた。佐久間夫人は柔和な微笑を浮かべた後、少し照れ臭そうに言葉

 を繋ぐ。

 「ええ、でもこんな不審な招待状で本当に皆さんにお集まりいただけるとは……正直期待

 しておりませんでしたので。十組にお声をかけて二組でも来て下さればいい方かしらね、
       
 はな
 なんて主人とは話してましたのよ」

  確かにそうだろう、私だって初めは信用していなかった。そんな事情から好奇心を衝き

 動かされこの屋敷を訪れた五組の招待者達は互いに顔を見合わせて複雑な微苦笑を洩らす。

 しかもそのうちの一組に至っては直接招待を受けたわけでもないのに自ら望んで陸の孤島
        
  ありさま
 へと訪ねてきている有様だ。余程暇を持て余していたのか、それとも私の友人同様、単な

 る変わり者なのか。

  自分達の別荘を聖なる美術館――即ち聖美館と呼び西洋の美術品収集を趣味としている

 富豪夫婦の挨拶が終わると“とりあえず今夜は早めの休息を心掛けよう”という流れにな

 った。長旅で疲れている者もいるので今夜からゲームを開始することはフェアではない、

 という主催者側の配慮らしい。

  フランス料理のシェフが用意したのだという夕食も非常に豪華で、食事風景はそこそこ

 和やかな雰囲気となった。私の友人を始めとし必要以上に会話を盛り上げていた者もいれ

 ば北条や温子、そして島崎のように始終口を噤んでいた者もいたが、差し当たり険悪な風

 向きになっている人間関係は見受けられず、平和主義者の私はほっと胸を撫で下ろす。
                                
ゲストルーム
  夕食が終わると佐久間夫妻に案内され、二階と三階に用意されている客室へとそれぞれ

 が向かい始めた。
 
  ダイニングルーム
  私が食堂の隅に置いていた自分の旅行鞄を選び出し右腕に抱えた瞬間、右肩に背後から

 体重を掛けられて危うくバランスを崩しかける。こんな悪戯をする者の心当たりなど、一

 人しかいない。

 「……重いんだけど」

 「おや、そうかい。それは失礼」
                
 
  言いながらも、彼の身体は一向に退けられる気配がなかった。その体勢のまま顔を寄せ、

 私に囁きかけてくる。

 「――で、御感想は? 石岡君」
     
 なん
 「感想って何の? 夕食は、美味しかったけど……」

 「そんなことは訊いてない、あの招待客についてだよ。…やっぱり来て良かったろ? 案

 の定、癖のある連中ばっかりだ」

 「……そうかな。温子さんや綾乃ちゃん達は美人だし、城野さんや、もしかしたら島崎さ

 んも……僕とは気が合いそうに思うんだけど……」
                             
かお
  温子や綾乃の名を聞いた途端、友人は心底莫迦にしたような表情で私を見た。そして
           
 マジシャン
 「中でも特殊なのがあの魔術師だ。あの助手、まさか口が利けないということはないだろ
                                      
 なに
 うが……そういえば、結局最後まで喋っているところを見られなかったな。ありゃあ何か

 ありそうだぜ、そう思わないかい?」

  と続ける。
        
 マジシャン  
みんな
 「そうだね。でも魔術師なんて皆あんなものじゃないかなぁ……」

  私がそう答えると、彼は「相変わらず君は物の見方が単純に過ぎる」と呟きながらゆる
          
 みな もの
 ゆると身体を起こし、皆の鞄と比べて一際大きな荷物を大切そうに抱え上げた。男性的な

 声色が言う。
                          
あす
 「とにかく――あの二人組は大変に興味深い人材だぜ。明日からのゲームでどれだけ鮮や
 
  マジック
 かな推理を披露してくれるんだろう。…ま、お手並み拝見ってところだね」










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