研究論文 005-1

異国での彼は、親友を想うがあまり…
いこくでのかれは、しんゆうをおもうがあまり…






  ≪ミタライ・カフェ≫を拝読し鬱々とした気分で過ごされている愛好家の皆様、こんに
    
 みたらいきよし
 ちは。“御手洗潔の最新報告”、恐らく全国のミタライアン&カズミストの心を昏く重い

 ものに変えてしまったことと思いますが――…

  お時間に余裕がございましたら是非一度下記の駄文をお目通し下さいませ。もしかした
                         
 なに
 ら、ほんの少しぐらいは希望を持ち直していただける“何か”が見つかるかも知れません

 ので(笑)。


                
とき
  それではまず。本編を初見した瞬間に私自身が感じた想いを正直に書かせていただきま

 すね。

 →「あれぇ、どうしちゃったの御手洗サン。何だか貴方……違う人みたいよ??(涙)」


                 
 
  …とにかく、気分が悪かった。その後、ファンサイト等にて目にした愛好家の皆さんの

 意見や疑問を以下に並べてみたいと思います。



  疑問 **********


 1:あんなの御手洗じゃない。まるで別人みたいだ。「弱い魂を救いたい」と言っ
      
すうじじょう
   ていた≪数字錠≫の頃の彼は一体どこへ行ってしまったのか?

   現在の彼は単なる天才教授。全然魅力的とは思えない。[※同意見多数]


 2:ハインリッヒの書き方が原因か? 御手洗に親近感が湧かない。

                                   
いしおか
 3:御手洗はハインリッヒや現在の仲間達に親切に接している。ならば何故、石岡

   にその優しさを示してやらなかったのか。


 4:現在の御手洗には日本も横浜も馬車道も石岡も必要ないように思える。

   もういい加減、中途半端に彼を束縛するのはやめて欲しい。[※カズミストの

   意見]


 5:御手洗のフィカの目的は何? ディスカッションがしたいのなら自分の得意分

   野ですればいい。

   御手洗にとって過去の殺人事件は茶呑み話に出来る程度のものだったのか?

   自分の自慢話をして喜ぶタイプではなかったと思ったが。

                       
 しあわせ
 6:不幸そうな石岡とは対照的に友人達に囲まれて幸福そう(楽しそう)な御手洗

   ……彼にとって石岡は数多くいる“事件関係者”の一人に過ぎなかったのか?

   [※最重要項目]

     
  とお かがや
 7:≪さらば遠い輝き≫といい“重要な告白”をハインリッヒにし過ぎる。そもそ

   もあの告白は何だったのか。


 
 結論 **********


 今の御手洗は好きになれない。石岡が可哀相だ。あんな男はこっちから捨ててし

  まえ。殴る権利もあると思う。



  ――あらあら、という感じですよね(苦笑)、日本の愛好家達の人気者だった御手洗潔は

 一体どこに行ってしまったんでしょう。

  ですが私も感情的になっていた時はやはり同じような気持ちになったものです。「御手

 洗サン、どっか壊れちゃったんじゃないの」――…



  しかし。彼のこの彼らしからぬ不可解な行動の数々も冷静に考えてみれば何とか説明の

 付くことであると分かりました。
                
かずみ
  キーワードはやはり――“石岡和己”だったんです。



  私説で申し訳ありませんが前述した疑問に全て答えてみましょうか。それではまず一つ

 目から。



 
 考察 **********


 1:シリーズ作品の途中でキャラクターが変化するのにはいくつかのパターンがあります

   が、分かり易いものは以下の二つ。

   @作者が意図的に変化させる。

   A作者自身の信条や理想が変化した為、作品やキャラクターにも影響が出る。
                                  
きかん
  しまだそうじ
   この時点でAは除外しても良いだろうと思われます。何故なら近作≪既刊 島田荘司≫

   連載中の御手洗は“相変わらずの彼”だったから。作者が彼の書き方を忘れた、また

   は彼の性質や魅力を勘違いしていたわけではないはずです。つまり作意的に書かれて

   いるのだということ。ここまでは御理解いただけますよね? そして筆者自身、現在

   の御手洗が愛好家に歓迎される人物でないことは充分承知していることと思います。

   にも関わらず御手洗にああした行動を取らせている。何故か?
        
 
のち
   …この疑問は後に解決しますので、とりあえず保留しておいて下さいね。


 2:ハインリッヒの書く彼はただの厭味な天才教授。石岡が書くからこそ御手洗は魅力的
                     
いしおかかずみこうりゃくぼん
   な男だった(これには私も賛同します。≪石岡和己攻略本≫で著者自身もそう言って

   下さっていることですしね:笑)。
            
 
   “好きな人を三枚目に描くことは出来ても嫌いな人を(人気者になってしまう程)恰
      
 
   好良くは描けない”――これはまぁ、文章を綴った経験のある方になら切実に御同意

   いただける事実だと思いますが。――要するに。

   何だかんだと言いつつもやはり石岡は御手洗が好きだったのだろうということです。
        
 
   彼の視点から描かれていたからこそ、御手洗の良さは読者達にもより強く伝わった。

   つまり、これこそが“親友”と“友人”の視点の差ではないのかな、というのが現在
                         
    つづ
   の私の感想です。…そういえば御手洗をあそこまで扱き下ろし続けたのも、石岡だけ
          
くまのみどたくみ
   でしたね(あの隈能美堂巧でさえ後半は彼を褒めていたというのに:笑)。


 3:現在の御手洗が友人に見せている親切、優しさは“実は石岡に対し示したかった親愛

   の情”であるのかも知れません。ほら、稀に前の恋人に出来なかった行為を次の恋人

   で実践する人っているじゃないですか。例えて言うならあの心理(分かり易いような

   分かりにくいような:笑)。…いや、でもやはり石岡には“目に見える優しさ”なん

   て与えたくはなかったのかも知れませんね。だってこのお二人が本格的に心底から本

   音を語り合うような時間を持ってしまったら、それはそれで微妙に危険なことになっ

   ちゃいそうな気は確かにしますもの(冗談ではなく)。

   ――でも。

   ハインリッヒを含み、この手の御手洗の行動は見方を変えれば“他人行儀”とも取れ

   ますよね(笑)。だって外国での御手洗は友人に対して「紅茶淹れろー」とか「(十一

   月だけど)スイカ買ってこーい」とか「(僕は腕時計をしていないんだから)時間を

   守れなくて当然だね☆」なんて言ってはいないと思いますから。煙草を強硬にやめさ

   せられたのも、恐らくは石岡だけなのではないでしょうか?

   要するに、御手洗の我儘は石岡の元でのみ実践されていた――察しの良い方は、もう

   お分かりですよね? “家族”と“友人”は違うということです。


 4:…と、こうなるとこの項目の答えは御説明するまでもないと思いますが。“現在の御

   手洗に横浜馬車道は必要なはず”です。“場所”がじゃないですよ、そこにある“中

   身”が必要だということです。

   当然石岡の行動も気には懸けるし束縛もするでしょう。例えば家庭を築かれてしまう

   とか(泣)、そうした完全な形で彼が自分から離れてしまうことは御手洗にとって非常

   に望ましくない事態のはずですから(…ええええ、分かっておりますとも。御手洗が

   この時点でかなり我儘を通しているのだということは:苦笑)。


 5:さて――“ミタライ・カフェ”(フィカの意)。こいつが“最大に私を傷付け全国の

   愛好家達を失望させた項目”、御手洗の行動の不可解(不快?)な部分なわけですが

   ――…実はこれこそが。“現在の御手洗が既にまともではない”ことを物語る一番の

   材料なんですよ(私的に)。

   だってこれ……これはどう考えてもおかしい。この目で見ても信じられない。自分の

   英雄譚を嬉々として語る御手洗なんて……もう彼じゃないじゃないですか。寧ろ、彼

   が最も嫌うタイプの人間ですよ。そこまでして友達欲しい? 人気欲しい? 現実に

   泣いた読者も大勢いたと聞きましたが……

   結論を言ってしまうとね、友達が欲しいんですよ、彼。人に囲まれていたいんです。

   ディスカッションなら自分の研究分野ですればいいと考えた方もいるようですが、い

   くら天才とはいえウプサラは学園都市、頭の良い人は沢山います。けれど探偵談を実

   体験した立場から語り聞かせてくれる人となるとどうでしょうか? 人間というもの

   はとかく“ミステリー”に弱いです。御手洗程巧みな話術を持つ男ならば尚更、人を

   引き込むのは簡単でしょう。…言ってしまえば彼の行動理由はこれ以外には見つかり

   ません。人に囲まれていたい――…“寂しい”。

   周囲の友人達に親切に振る舞っているのもそう、彼は心のどこかで“独りになること

   を畏れている”のではないでしょうか?

   御手洗は明らかに情緒不安定に陥っているようです。ある種の自信も喪失しているの

   かも知れません。

   常に読者は石岡の立場から状況を見がちになっていますが、御手洗の立場から見れば

   現在の親友の姿はどう映っていることでしょう? 読者にも知人にも勧められている

   はずなのに自分には逢いに来てくれない、研究の邪魔をしたくないという配慮からか
                              
さとみ
   (?)事件解決以外の連絡は滅多にしてこない、挙句の果てが里美とデート三昧です。

   「ならば一緒に連れて行けば良かったじゃないか」と思ったそこの貴方、御手洗は作

   中において石岡に対し同行を求めるような発言もしています。「ぼくは馬車道が好き

   なんだ。一生あの部屋で暮らしたっていい」「君が一人でやれ、ぼくはごめんだ」等

   の科白で御手洗を拒み続けていたのは、実は石岡の方。あれ程英語に拒絶反応を示さ

   れれば、共に外国へ連れていくのも躊躇うでしょう。

   フィカの目的、強いてもう一つ挙げるとしたらそれは自然に思い出話をしているつも

   りなのかも知れませんね。彼のことを実際口に出しているかどうかは――予測が付き

   ませんけれど。


 6:はい。こうなってくると御手洗が外国で友人と楽しく過ごしているのも全く当然だと

   思うんですよね。だって石岡がいないんですよ? “例の鬱病”にでもなってしまっ
         
いのち
   たらそれこそ生命に関わる一大事じゃないですか。ストックホルムでの友人付き合い

   は彼の精神を保つ為の防衛策なのだろうと思います(いや、自分の冒険譚を語ってい

   る時点で既に精神が危うくなっている証拠なんですけど:泣笑)。――そもそも。

   この御手洗は心底この時間を楽しんでいるんでしょうか。ここはハインリッヒの視点

   なので、個人的には信用していないんですが(笑)。

   というより――
                
  しあわせ
   現在の御手洗は果たして本当に“幸福”なんでしょうか。すべきこと、研究や仕事は

   していても“やりたいこと、心が望んでいること”は実行出来ていないのかも知れま

   せん。(これは少し穿った見方だとは思うのですが、)もしかしたら御手洗は“自分

   の使命を優先し親友を置いていった自らを罰する為に”石岡と逢うことを避けている

   のだとも考えられます。皆さんよく御存じの≪数字錠≫事件に纏わるコーヒー断ち辺

   りが最も分かり易い例ですが、彼は自分の信念や決意といったものに非常に厳しい一

   面を持った男性です。
                                 
 
なおとし
   また御手洗が“したいこと”よりも“すべきこと”を選んだのは父・直俊へ対し抱い

   ているコンプレックスが関係しているのではないかと思われます。彼は子供の頃から

   こうした性質が強く固まっていた傾向があるので、この理由は推測も容易いでしょう。


 
 結論 **********


 ◆現在の御手洗は情緒不安定状態にあるようです(現在の、というより実は少し前からで

  すが。レオナも口にしたように、≪さらば遠い輝き≫の御手洗もやはり彼らしくはなか

  った)。“まるで別人のようにも映る不自然な行動の原因”は、恐らくそこにあるので

  しょう。

  ――しかし。この考えからいくと“そうまでしなければ石岡と離れていられないのか”

  ということになります。そんな存在だったとしたらこの二人の現在の生活って一体……

  二人の絆って一体……(涙)。けれど現状に無理なく(納得のゆく)説明を付けるとした

  ら、やはり“石岡和己”以外にはないように思うのです。

  同人的にではなく原作の(御手洗の)方が石岡の存在を意識して動いている(?)。







  ――だって(私達愛好家の信じる)御手洗潔は友人の為になると考えれば自分が相手や

 周囲にどう思われようと関係や交際を絶てる人間のはずでしょう? それをしない(或い

 は“出来ない”)のは、もう“御手洗自身が石岡と別れたくないから”としか思えないじ

 ゃないですか。



  ≪さらば遠い輝き≫の告白は紛れもない真実です。例え今後御手洗が石岡に別れを告げ

 たとしても、それは必ず“深い友情”があっての結果。
                           
 けっ
  共に過ごした日々は“成り行きが招いた偶然”などでは、決してありません。


             
 いほう  きし
  ……でもフィカの内容が≪異邦の騎士≫事件だったらある意味赦せるような気がしてし

 まうのが我儘勝手な乙女心。

 「そこで僕が借り物のバイクで現場へと駆け付けて――彼を危機から救ったわけさ!」、

 なーんて嬉々として語っていたりなんかしたら――…御手洗って、可愛いヤツ☆(←気の

 せい:笑)。





2002. SPRING



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