研究論文 001-1 “異邦の騎士”と“彼に救われた青年”の真実 “いほうのきし”と“かれにすくわれたせいねん”のしんじつ |
私自身が詩や小説や絵画の創造を趣味としているので常々考えることなのでしょうが、 “作品にタイトルを付ける作業”というのは意外に困難なものです。特に“他者の心に響 く言葉を選ぶ”となると、時としてそれは内容を生み出す以上の苦行ともなり得るでしょ う。 いほう きし みたらい きよし この≪異邦の騎士≫は初めて書名を目にした時に「あれ、≪御手洗(潔シリーズ)≫ら しまだそうじ し しくないタイトルだなぁ」と思った記憶があります。恐らく理由は原作者・島田荘司氏の ロマン きし あとがきにもあった通り“作中に出てくる≪浪漫の騎士≫をアレンジした為”だろうと思 われますが、結果、(著者曰く苦し紛れに付けたのだという)このタイトルは数多くの読 者の胸を打ちました。作品にも共通して言えることなのですが“狙わずに創作したものの 方が意外に高い評価を受ける”という一例にこれも当て嵌まるのだろうと思います。―― 少し脱線しましたが、そんな第一印象も手伝って私はこの作品を“手に取る前から特別視 していた”のだという伏線が、事実、あるにはありました。 いしかわけいすけ …さて。このタイトルの“異邦”というのは主人公である石川敬介が身を置く舞台のこ と、そして“騎士”というのは彼を救いに鉄の馬で現れた御手洗潔のことを示しています。 ですが――私にはどうしても、このタイトルには“もう一つの意味”が隠されているよう に思われてならないのです。果たしてこの物語の騎士は、探偵役である御手洗一人だけだ ったのでしょうか――? 実はここで正直に打ち明けてしまいますと、私はこの七〜八年もの長い間、この書名が 訴えている言葉の意味を完全に間違えて解釈しておりました。私にとっての“異邦の騎士” は、主人公である石川敬介その人だったからです。 けん 例え馬を駆ることが出来なくても、鋭い剣を操れなくても、彼は心から愛する女性の為 に全身全霊をかけて立派に闘い抜いたじゃないですか。これ程一途で誠実で勇ましい男性 には(小説世界の中ででも)滅多にお目にはかかれません。 結果が出せなかった自分の無力さを悔いていたけれど、私には彼のしたことが全て無駄 だったとはどうしても思えないのです。誰が何と言おうと石川良子の“赤い糸”は貴方の 指に繋がっていた。そして、彼女はとても幸せな女性だったはずです。生涯ただ一人の恋 人に、これ程深く強く愛されていたのですから。 ありふれたミステリー、単なる純愛物語――感想は人それぞれでも構いませんが、私に とっては一生忘れ得ない作品です。筆者である島田荘司氏に尊敬、感謝の意を示すと共に、 “異邦の騎士”の幸福な未来を、心よりお祈り致します。 |
2001. AUTUMN |